残業代を請求したことは転職先にバレるの?リスク管理や不当な扱いを受けた場合の対処法などをお伝えします。
- 「残業代を請求した」という事実は情報保護法で漏えいが禁じられている
- 前の職場も転職先も、よほどのことがないかぎり個人情報を漏えい・取得することはないが、「完全にゼロ」とはいえない事情もある
- 「弁護士がバラす」「裁判記録を閲覧されてバレる」「傍聴マニアにバレる」は心配無用
- 弁護士を立てて「守秘義務条項」をつければなお安心
- 万が一、転職先から不当処遇を受けたとしても、処遇の撤回や賠償請求が可能
【Cross Talk】転職先に残業代請求はバレる?
先生のおかげで前の会社に未払いの残業代を支払ってもらえました。ありがとうございました!
よかったですね。でも今日相談に来られたということは、その後なにかトラブルでも?
いえ、トラブルはないのですが、残業代請求したことが転職先にバレたら、「あいつはクレーマー」というレッテルを貼られて、不当な扱いを受けるのではないかと心配で……。
「退職した会社に対して残業代を請求し、無事に支払ってもらったのはいいけれど、その事実が転職先にバレたらどうなるのだろう?」そんな不安を抱えている方はいませんか?
残業代請求の事実は個人情報ですのでバレる可能性はきわめて低いのですが、まったくのゼロとは言い切れない面もあります。
そこでこの記事では、「もしバレるとすればどのようなケースか」「バレる可能性は実際にどの程度あるか」を詳しく解説します。「バレないための対処法」と「バレたことで不利益を被った場合の救済方法」もあわせて説明しますので、ぜひ参考にしてください。
残業代請求した事実は「個人情報」なので普通はバレない
- 残業代を請求した事実は個人情報保護法上の個人情報にあたる。本人の同意なく漏えいしたり、不正に取得したりすれば同法違反となる
- 弁護士は職務上知り得た個人情報について厳格な守秘義務を負う。依頼人が残業代請求した事実を外部に漏らす可能性はない
残業代を請求したことなんて、普通転職先にバレるはずないですよね?
おっしゃるとおり、普通はありえません。退職した従業員が残業代を請求したという事実は立派な個人情報であり、個人情報保護法により第三者への漏えいが厳しく制限されているからです。
退職後、転職前に前の職場に対して残業代を請求したとしても、普通はバレません。個人情報保護法や守秘義務によって守られているからです。
会社は従業員の個人情報を漏えいしてはいけない
個人情報保護法2条1項は、個人情報を氏名・住所・生年月日のように特定の個人を直接識別できる情報と定義しています。そして、経済産業省のガイドラインは、個人の身体、財産、職種、肩書等の属性に関して、事実、判断、評価等を表すすべての情報を含むものと説明しています。
このように、個人情報は、極めて幅広い概念であり、「なにを購入したか」「どんな活動をしているか」といった個人の行動に関する情報も保護しているものと解されます。そのため、「特定の従業員が退職後に残業代を請求した」という事実もれっきとした個人情報なのです。
個人情報を本人の同意なく第三者に提供すると個人情報保護法23条違反となります。また、転職先の会社も、偽りその他不正の手段を使って転職者の個人情報を取得すると同法17条1項違反となります。
もし、個人情報取扱事業者が従業員に関する個人情報を本人の同意を得ることなく漏えいしたり、不正に取得したりすると、場合によっては、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科される可能性があります(個人情報保護法84条)。
このように、前職の会社が「まともな企業」であるならば、個人情報保護法の観点から、残業代を請求した事実をバラすことは普通考えられません。
依頼人の個人情報を弁護士がバラすことはありえない
弁護士には守秘義務があります(弁護士法23条)。職務上知り得た個人情報を漏らせば「弁護士の品位を失うべき非行にあたる」と認定され、懲戒処分を受ける可能性があります(同56条1項)。
また、弁護士と依頼人は委任契約関係にあるので、不用意に個人情報を第三者に漏らせば、善管注意義務違反(民法644条)を理由とする不法行為や秘密漏示罪(刑法134条)などが成立する可能性があります。
このように弁護士には厳格な守秘義務が課されています。罰則を受けるリスクを考えると、弁護士が依頼人の個人情報を転職先にバラすことにメリットはありません。
- 弁護士法の守秘義務
- 民法の善管注意義務
- 刑法の秘密漏示罪
〈漏えいするメリットなし〉
↓
〈バレる可能性なし〉
「仕事がなくて困窮している弁護士なら、顧客の情報を売って金にすることもあるのでは?」と考えるかもしれませんが、それは情報が大量にある場合だけです。たった一人の依頼人の個人情報を売っても1円にもなりません。
したがって依頼人が前職に残業代請求した事実を、弁護士が転職先の会社に対してバラすことは「ありえない」と断言できます。
残業代請求がバレるとすればどんなケースか
- 元従業員の個人情報を漏えいしても、罰則が適用される可能性は低いし、ニュースにもならない。そのため元従業員から残業代請求された事実を転職先に漏えいする可能性はゼロではない。
- 残業代請求の裁判記録を閲覧するには事件を特定できる情報(事件番号や判決日時)が必要なのでバレない
- 弁護士会照会は受任事件でしか使えないので、転職者の個人情報を調べることは不可能
- 転職先に法廷傍聴マニアがいた場合、残業代請求をした事実が転職先にばれる可能性はゼロではない。もっとも、民事裁判を傍聴することは少ないので、その可能性は低い。
先生、そうはいっても個人情報がバレる可能性は「完全にゼロ」ではないのですよね?
その心配はよくわかります。もしバレるとしたらどのようなケースで、現実にどの程度バレる可能性があるのか、詳しくチェックしていきましょう。
残業代を請求した事実がバレるパターンとしては、「前職の会社が転職先にバラす」「裁判記録の閲覧や裁判の傍聴でバレる」の2つがあります。
「罰則が怖いのでバラす可能性はない」とは言い切れない
従業員に関する個人情報を本人の同意を得ることなく漏えいしたり、不正に取得したりすると、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科される可能性があります(個人情報保護法84条)。この罰則が個人情報の漏えいをある程度抑止していることはたしかでしょう。
ただし、問題が一つあります。同法違反があったからといって、ただちにこの罰則が適用されるわけではないということです。
個人情報取扱事業者が個人情報を漏洩した場合、まず第1段階として個人情報保護委員会により漏えい行為の中止勧告・命令が出されます。この勧告・命令が出されてもなお違反行為をやめない場合にかぎり、第2段階として罰則が適用されるのです(個人情報保護法42条、84条参照)。
つまり、漏えい行為の常習犯ならともかく、初犯に対していきなり罰則が適用されることはないわけです。
↓
個人情報保護委員会からの中止勧告・命令
↓
勧告・命令に従わなければ・・・
↓
やっと罰則適用!
個人情報保護法が個人情報流出の抑止力になっていることは確かですが、確実に個人情報の漏洩を防止できるというわけではないのです。
裁判記録の閲覧・弁護士会照会・裁判傍聴でバレる可能性は「ほぼゼロ」
残業代請求が訴訟になった場合、その関連資料は裁判記録に残ります。裁判記録は誰でも閲覧できるため、転職先の関係者にバレる可能性は否定できません。
しかし、以下で説明するとおり、実際にバレる可能性は「かぎりなくゼロ」です。
転職者の氏名・住所だけでは裁判記録の閲覧はできない
転職者の氏名と住所を告げて「この人物が残業代請求をした事件があるなら、その裁判記録を閲覧したい」などと裁判所に申請しても、あまりにも漠然としているため受け付けられません。裁判所には、大量の判決記録が保管されているので、転職者の氏名や住所だけでなく、判決日時や事件番号といった事件を特定できる情報がなければ、裁判記録の閲覧を申請しても認めてもらえないことが多いでしょう。
ただ、閲覧室の担当者によるのかもしれませんが、事件番号がない場合でも、被告の名前と判決日時だけで閲覧できたこともあるようです。閲覧の可能性が全くないとまでは言い切れないでしょう。
弁護士会照会で調べることも不可能
弁護士会照会は、「受任している事件に必要な範囲」で利用できる制度です。弁護士が事件を受任するということは、依頼人である会社と転職者のあいだで法的な紛争が発生していることを意味します。
ある人物が中途入社しただけでは「法的な紛争が発生している」とは到底いえませんから、弁護士会照会で転職者の前歴を調べることは不可能です。
↓
(裁判所)「事件番号を教えてください」
↓
(転職先)「弁護士会照会で調べてやる!」
↓
(弁護士)「受任事件じゃないと弁護士会照会は使えないよ。」
↓
(転職先)「・・・あきらめよう」
傍聴マニアにバレる可能性は?
「転職先に裁判傍聴マニアがいて、たまたま裁判を傍聴していたためにバレる」ということも確率としてゼロではありませんが、こちらも心配無用です。裁判傍聴マニアのほとんどは、刑事裁判や社会的注目度の高い事件(芸能人の不祥事など)を傍聴することが多いです。前職が有名企業でない限り、一般人の残業代請求事件を好んで傍聴する人は極めて少ないと考えられます。
転職先に前職への残業代請求を知られたくない人はどうすればよいか
- 残業代請求を示談や和解で解決する場合、必ず弁護士に依頼して、守秘義務条項を入れてもらう
- 時効消滅を防ぐため、残業代はできるだけ転職前に請求する
残業代を請求した事実が転職先にバレないようにする方法ってあるんですか?
示談や和解をするときに、会社側に守秘義務を負わせるのがもっとも効果的な方法です。
残業代請求をした事実を転職先に知られたくない場合、会社側と示談・和解する際に「守秘義務条項」を入れるようにしましょう。守秘義務条項を入れれば、労働者側も会社側も、残業代請求の内容や和解の内容について、互いに口外してはいけない義務が生じます。
会社側は弁護士を立てて交渉に臨むことが多いので、こちらも必ず弁護士に依頼して交渉を進めることをおすすめします。
なお、「転職後に残業代請求をすれば、少なくとも転職で不利になることはないし、バレるリスクも減るのでは?」と思うかもしれませんが、時効のリスクを考慮するとおすすめできません。
残業代請求権は、請求できるときから2年が経過すると、時効で消滅してしまいます。
転職してフルタイムで働くようになれば、残業代請求のために行動する十分な時間は取れなくなります。そうこうしていうる内にどんどん時効が進行し、いつのまにか時効期間が満了していた……といったことも十分ありえます(時効については、「【退職後の残業代請求】残業代請求は退職後もできる?時効は?」を参考にしてみてください。)。
理想としては、前職在職時に残業代請求の準備をし、前職を退職したのと同時に残業代を請求するのがベストです。もっとも、ご自身だけで残業代請求の準備を行うことは難しい場合が多いので、残業代請求をする場合には、専門家に相談しましょう。
転職先に前職への残業代請求がバレて不利益を被ったら
- 「残業代請求した」という事実は懲戒事由にあたらないので、懲戒処分の理由にはならない
- 前職で残業代請求した事実を理由に転職先で不当処遇を受けた場合、撤回請求や損害賠償請求が可能
万が一、残業代を請求したことが転職先にバレた場合、厄介者扱いされて嫌がらせを受けるのではと不安になります……。
大丈夫ですよ!残業代請求は正当な権利行使です。それを理由にたとえば懲戒処分や労働者にとって不利益な命令がなされた場合、その撤回を求めることができますし、損害が生じているのであれば、損害賠償請求をすることもできます。
残業代請求した事実が転職先にバレた場合、「君は前の職場に対して残業代を請求する裁判を起こしたそうだね。そういうクレーマー体質の人物は我が社にふさわしくない!」などと、労働者に対して懲戒処分がなされることはあるのでしょうか。
これはよほどのブラック企業でないかぎりありえません。何らかの懲戒事由が存在しないからです。
懲戒処分を行うには、会社が定める懲戒事由に該当する必要があります。しかし、前職で残業代請求をしたことを懲戒事由として定めているということは、よほどのブラック企業でなければ考えづらいので、そもそも、懲戒処分をする根拠がなく、無効な懲戒処分といえます。
仮に、就業規則上、残業代請求をしたことが懲戒事由に定められていたとしても、就業規則には合理的な労働条件しか定めることができないので、残業代請求をしたことが懲戒事由に該当する旨の規定は、不合理なものといえ、無効である可能性があります。無効な規定に基づく懲戒処分も当然無効です。
不当解雇かどうかを知りたい方は、「これって不当解雇?不当解雇チェックリスト」を参考にしてみてください。
「残業代請求?していません」と嘘をついていても懲戒事由にはあたらない
懲戒事由の一つに、経歴詐称をしたことを挙げている会社もあります。面接の際に「君は残業代を請求したことがあるか?」と尋ねられて「ありません」と嘘をついた場合、「経歴詐称」にあたるのでしょうか?
ここでいう「経歴詐称」とは、最終学歴や職歴等、重要なものに限られると考えられています。そのため、残業代請求をしたことは、「経歴詐称」には当たらないでしょう。
不当な処遇を受けたらその撤回を求めることが可能
残業代請求した事実を理由に転職先で不当な処遇を受けた場合は、違法な処分といえるので、その撤回を求めることができます。また、不当な処遇により金銭的損害が生じたのであれば、その賠償を請求できる場合もあります。
たとえば、残業代請求を理由に懲戒解雇された場合は、「正当理由のない不当解雇」といえるので、その撤回を求めることができます。また、不当な解雇である以上、転職先がいくら「懲戒解雇だ!」と主張したとしても、転職先の従業員としての地位を失っていないので、懲戒解雇が撤回されるまでの期間の未払賃金を請求することも可能です。
解雇とまではいかなくても、「追い出し部署に配属させる」などの嫌がらせを受けた場合も、同様に、違法な配置転換と言え、その撤回を求めることができます。また、不当な配置転換により給与が下がるなどの金銭的損害が発生しているのであれば、その損害賠償も請求できます。
まとめ
残業代を請求したという過去の事実は個人情報に該当し、個人情報保護法その他の法律でガードされているので、容易に漏えいするものでないことがおわかりいただけたでしょうか?
ただし、本文でも説明したように、会社側と示談・和解する際は、必ず守秘義務条項を入れてください。ご自身で会社側と交渉する自信がないのであれば、弁護士や社会保険労務士などの専門家に依頼するのがおすすめです(弁護士の探し方や相談の仕方については、「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。