- みなし残業(固定残業制)とは、一定の残業代を支払うことをあらかじめ定めておき、実際の残業時間に関わらず、予め定められた額を支給する賃金制度
- みなし残業(固定残業制)は要件が厳格
- 「みなし労働時間制」とは別物
- 固定残業代の計算は割増賃金の計算ができれば簡単
【Cross Talk】固定残業制だから残業代請求できないと言われたら!?
残業代って、働けば働くほどもらえるものかと思ったんですが、違うのでしょうか?
残業代について何かトラブルがあったようですね。
先月めちゃくちゃ残業したのに、給与明細みてみたら残業代がそれほどでもなかったので、上司に訴えたら「うちは固定残業制だからな、あきらめろ!」と言われてしまったんです……。
会社によっては「固定残業制」を採用し、実際の残業時間に関わらず、予め定められた一定の額を支給する会社もあります。
「固定残業制」は、労働基準法上定められた割増賃金を支払う義務を免れる目的で利用されることもあることから、濫用されることもあります。固定残業制が有効といえるためには厳格な要件が必要とされます。
「自分の残業代は適正な金額なのか……?」と少しでも疑問を持っている方は、ぜひご自分の給与明細と、あとはできれば就業規則も手元において、この記事を読み通してください。
固定残業制ってどういうこと?
- 固定残業制とは、一定の残業代を支払うことを予め定めておき、実際の残業時間に関わらず、固定額を支給する賃金制度
- 固定残業制の有効要件は、「労働契約の内容となっていること」「固定残業代と基本給部分が明確に分けられていること」の2つ
- ただし、下級審判例の中には2つの要件よりもさらに厳格な要件を課して、固定残業制を無効として残業代の請求を認めているものもある
- 有効な固定残業制を規定するには、関連法規や裁判例の深い理解が必要であるため、専門家の指導を受けていない場合には無効とされる可能性が高い
- 固定残業制が有効である場合でも、本来支払われるべき残業代に足りない場合には、さらに追加で残業代の請求ができる
- 「みなし残業制」と「みなし労働時間制」はまったく別の制度
- みなし労働時間制が採用される場合でも、残業代の支払義務を免れるものではなく、残業代を請求できるケースがある
先生、残業代は働いた時間によって増減するものですよね?それなら、どうして「固定」という言葉が出てくるのですか?
疑問に思うのはもっともです。言葉の響きだけだと、まるで「いくら働いても残業代は常に一定」という風に聞こえますからね。もちろんそんなことは許されません。固定残業制が認められるには厳格な要件がありますので、詳しく見ていきましょう。
固定残業制の内容
固定残業制とは、一定の残業代を支払うことをあらかじめ定めておき、実際の残業時間に関わらず、予め定められた額を支給する賃金制度です。固定残業手当、定額残業代などと呼ばれることもあります。
固定残業制が有効と認められる要件は次の2つです。
要件2.固定残業代として支払われる部分と他の基本給が明確に区別できること
要件1. 固定残業制が労働契約の内容になっていること
固定残業制の有効要件としてまず、固定残業制が労働契約の内容になっていることが必要です。
固定残業制が労働契約の内容になっているものといえるためには、固定残業制が労働契約書、就業規則、賃金規程、労働協約、労働者の署名押印ある労働条件確認書(以下ではまとめて「労働契約書等」といいます。)のいずれかに明記されている必要があります。
従業員が数名しかいない小さな会社だと、社長と従業員の間でこういった文書を取りかわす機会は少ないかもしれません。社長としては「うちの社員はみな家族みたいなものだから、賃金のことも口頭で済ませているんだ!」などと主張するかもしれませんが、労働契約書等に明記されていない固定残業代の支払いは適法な残業代の支払いとして認められません。
要件2 .固定残業代として支払われる部分と他の基本給が明確に区別できること
次に、固定残業制が労働契約の内容になっていたとしても、1.残業代として支払われる部分と2.基本給として支払われる部分が明確に区分できなければ、その労働契約は無効になります。
固定残業制は、労働基準法上の割増賃金支払義務を免れるためのものではありません。そのため、労働契約書等の記載から、使用者が労働基準法上の割増賃金支払義務を果たしているものか否かわからない場合には、無効となります。
(固定残業手当)
第○条 固定残業手当は、毎月30時間の時間外労働があったものとみなし、時間外・休日・深夜割増賃金の支払に替えて支給する。
2 固定残業手当は月額6万円とする。
3 第1項の所定時間を超える時間外労働については、別途割増賃金を支給する。
導入時に専門家の指導を受けていない固定残業制は要注意
固定残業制は、労働基準法他関連法規のどこを探しても直接にこれを規律する規定はありません。その規律は現在のところ、割増賃金に関する関連法規の解釈や裁判例の蓄積によってなされています。
したがって、有効な固定残業制を導入するには、割増賃金に関する法解釈や裁判例への深い理解が必要となります。
その上、下級審判例の中には、上に挙げた2つの要件に加えてさらに厳格な要件を課し、その要件をクリアしていない固定残業制について無効と判断しているものが散見されます。
弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して指導を受けていない場合は、その固定残業制は違法・無効と判断される可能性が十分にあります。
また、固定残業制自体有効であっても、実残業時間から算定される本来支払うべき残業代に足りていなければ、追加で残業代が請求できる可能性もあります。
「みなし労働時間制」との混同に注意!
「みなし残業制」と似た言葉に「みなし労働時間制」があります。みなし労働時間制は、実際に労働した時間に関わらず、予め定められた時間で稼働したものとみなし、そのみなされた固定の労働時間の対価として賃金を支給する制度です。
みなし労働時間制が採用されているからといって、残業代請求は一切できないものとあきらめる必要はありません。詳細は別のコラムで解説しますので、ご覧ください。
固定残業制においても超過分の残業代請求ができる
- 労働者も経営者も、「固定残業代以上の残業代は発生しないのでは?」と勘違いする人が多い
- 固定残業制はサービス残業の免罪符ではない
先生、固定残業代のほかに超過分の残業代も請求できるなんて、なんだか会社に対して悪い気がしますね……。
そんなことはありませんよ!固定の残業代として支払われた金額が、実際に残業した時間に対する適正な対価として不足する場合には、会社がそれを支払わないことは違法です。労働者側からみれば、その不足分について請求できるのは、当然の権利といえます。一生懸命労働したのですから、その成果としての賃金はしっかりと回収しましょう。
固定残業制が認められる要件でも説明したように、固定残業制を採用していても、使用者が労働基準法上の割増賃金支払義務を免れるものではありません。使用者に、労基法所定の割増賃金を支払う義務があるのは、固定残業制を採用していない会社と変わるものではありません。
労働者の心理としては「うちの会社は毎月の残業代が決まっているから、超過分の残業代は請求できないのでは?」と勘違いしがちですが、そうではありません。固定残業代が、実際に残業した時間の対価として不足するのであれば、その不足分について請求することは当然に可能です。
同様の勘違いは経営者にもありがちです。「結局法律で決められた残業代を支払わないといけないなら、なんのために固定残業制を導入したのかわからん!」と疑問に思うかもしれませんが、固定残業制は、労働基準法上の割増賃金規程を潜脱して、サービス残業を強制する手段ではありません。
それどころか、固定残業手当を定めたとしても、それが他の支給部分と明確に区分されておらず、残業代として支給する趣旨が不明確な場合には、残業代を支払ったものと評価されないこともあります。その上、固定残業代に相当する金額が基本給の一部とみなされた結果、最終的に支払うことになる残業代が割高になることもありえます(割増賃金は基本給の時間単価をもとに算出されるため)。
固定残業制での残業代計算例
- 残業代は「時間単価×時間外労働時間数×1.25」で算出する
- 固定残業制では、本来支払われるべき残業代から固定残業代を差し引いた額を追加で請求できる
- 固定残業制では、本来支払われるべき残業代よりも固定残業代が高い場合でも固定残業代が一律に発生する
固定残業代の計算方法は一般的な残業代の計算方法とどう違うのでしょうか?
固定残業制を採用した場合でも、残業代の計算方法は同じです。本来支払われるべき残業代から支払われた固定残業代を差し引いて差額が生じた場合には、その差額分についてさらに請求することができます。
【計算方法】(労働基準法上支払われるべき残業代)-(固定残業代)=未払残業代
ここでは固定残業制で残業代がどのように計算されるか、具体的な数字をあてはめてチェックしていきましょう。
労働契約上、基本給25万(月45時間あたりの残業代として5万円を含む)、所定労働時間が168時間(8時間×出勤日数21日)とされた場合(深夜労働・休日労働・他手当なし、割増率25%)
⇒時間単価1,190円
(1)月20時間残業したケース
(労働基準法上支払義務のある残業代: 29,761円)−(固定残業代:50,000円)=-20,239円
⇒固定残業代としての50,000円のみ請求できる
(2)月40時間残業したケース
(労働基準法上支払義務のある残業代: 59,500円)−(固定残業代:50,000円)=9,500円
⇒固定残業代としての50,000円に加えて、不足分の9,500円請求できる
(3)月50時間残業した場合
(労働基準法上支払義務のある残業代=74,375円−(固定残業代:50,000円)=24,375円
⇒固定残業代として50,000円請求できるのに加えて、不足分24,375円追加請求できる
詳しい計算方法は、私の残業代はいくら?【図解で分かる】残業代計算方法をご覧ください!
まとめ
固定残業制は会社側にとって人件費の抑制や事務作業の軽減などのメリットがあります。しかし、「固定残業代が支払われているため、超過分の残業代の請求はできない」と考えている労働者の無知に乗じて使用者がこれを濫用しているケースもあります。
労働者のみなさんは、この記事を参考にしながら、自分の職場の就業規則や賃金規定に目を通し、違法な「固定残業制」が定められていないかチェックしてみましょう。
「毎月もらっている固定残業代って、実際の残業時間に見合っていないかも……?」そんな疑問が浮かんだら、躊躇することなく弁護士に相談することをおすすめします(弁護士の探し方については、「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」をご覧ください。)。