- 外回りでも必ず「事業場外みなし労働時間制」が適用されるとは限らない
- 適用される場合にも残業代を請求できる場合がある
- 事業外みなし労働時間制を否定する裁判例が多い
【Cross Talk】事業場外みなし労働時間制ってどんな働き方?
外回りの営業をしているのですが、毎日夜遅くまで働いているのに残業代が出ないんです。会社に理由を聞いたら「事業場外みなし労働時間制」だからと言われました。「事業場外みなし労働時間制」って何ですか?会社の言い分は正しいんですか?
ざっくりいうと、労働時間の算定が難しい場合に一定の時間労働したものとみなすという制度です。しかし、ただ会社の外で働いているというだけでこの制度が適用されるとは限りませんし、仮に適用されるとしても残業代を請求することができる場合があります。
もらえる場合があるんですね!
外回りの営業職や旅行会社の添乗員など、会社の施設外で仕事をする方の場合、「事業場外みなし労働時間制」の対象となることがあります。
この制度が適用されると、労働者は所定労働時間労働したものとみなされることになるのですが、会社によってはそれを理由に残業代を支給しないところがあります。
しかし、実際には長時間働いているのに残業代が出ないのはおかしいと感じている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、事業場外みなし労働時間制とは何か、どのような場合に適用されるのか、残業代を請求することはできるのかといったことについて詳しく解説します。
事業場外みなし労働時間制ってなに
- 労働時間算定の便宜のために所定労働時間労働したものとみなす制度
- 事業場外で業務に従事したこと、労働時間が算定し難いことが要件
そもそも「事業場外みなし労働時間制」って何ですか?
労働者が事業場の外で労働をする場合、使用者が労働時間を算定することが難しいときがあります。そこで、一定の要件を満たした場合には、所定の労働時間労働したものとみなすという制度が作られました。これを「事業場外みなし労働時間制」といいます。
事業場外みなし労働時間制の趣旨
外回りの営業職や旅行会社の添乗員など、事業場外(会社の外)で働く職種は少なくありません。このような職種の場合、実際に労働者がどのぐらいの時間働いたのかを使用者が正確に把握することは難しいでしょう。
そこで、労働時間の算定の便宜を図るため、労働基準法は次のような規定を設けました。
これが「事業場外みなし労働時間制」です。
法律用語でいう「みなす」とは、そのような事実があったものとして扱うということです。 例えば、所定労働時間が8時間とされていた場合、商談がスムーズに進むなどして実際には6時間しか働いていなかったとしても(たとえその証拠があったとしても)、8時間働いたことにするということです。
事業場外みなし労働時間制の要件
事業場外みなし労働時間制を適用するには、次の2つの要件を満たす必要があります。
労働基準局長の通知では、より具体的に次のように解釈しています(昭和63年1月1日基発第1号)。
営業職の残業代請求について
- 「業務の遂行に通常必要とされる時間」が所定労働時間を超えれば残業代を請求することができる
「事業場外みなし労働時間制」が適用される場合でも、残業代を請求することができますか?
業務をなしとげるには所定の労働時間では足りない事態が考えられます。そのような場合には、業務をするのに通常必要とされる時間労働したものとみなされることになっています。したがって、業務をするのに通常必要とされる時間と所定労働時間の差については、残業代を請求することができます。
所定労働時間外の事業外労働について
「事業外みなし労働時間制」が適用されれば、実際の労働時間ではなく所定労働時間労働したこととして扱われることになります。
しかし、この原則を貫けば、会社が所定労働時間では到底終わらないような業務をさせ、結果的に労働者が長時間働いたとしても、残業代を一切払わなくてもいいということになってしまいます。 これまで解説したとおり「事業外みなし労働時間制」は、労働時間の算定が困難なときにその便宜を図るためのものであり、使用者が残業代を払わないための方便として設けられたものではありません。
そこで、労働基準法は、次のような規定を設け、労働者を保護しています。
例えば、所定労働時間が8時間とされている場合に、通常10時間は必要とされる業務をするときには、10時間労働したものとみなされることになります。 その結果、所定労働時間を超える2時間分の残業代を請求することができるのです(残業代の請求方法については「【図解】残業代請求の全手順・流れを詳しく説明」を参考にしてみてください。) 。 したがって、「事業外みなし労働時間制」が適用される場合に、所定労働時間を超える労働をしているときは、このただし書きの適用があるかを争っていくことになります。
【具体例】裁判例をみてみる
- 事業場外みなし労働時間制を適用しない裁判例がほとんど
法律の規定はなんとなくわかりました。実際の裁判ではどんな事情が考慮されているのですか?
近年の裁判例をいくつか紹介しましょう。営業や旅行の添乗員といった典型的な事業場外労働についても、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定する判決が出されています。
不動産会社の営業職員について
【事案の概要】 不動産販売会社の営業担当であった労働者が、使用者の具体的な指揮監督が及んでおり、労働時間の算定も可能であるから、事業場外みなし労働時間制の適用はないとして割増賃金を請求した事案
【裁判所の判断】 ア 使用者は、本来、労働時間を把握・算定すべき義務を負っているから、事業場外みなし労働時間制度が適用されるためには、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず、具体的事情において、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるといえることを要する イ 労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。ある業務の遂行に通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合であるにもかかわらず(労働基準法38条の2第1項ただし書きが適用されるべきであるにもかかわらず)、同項本文の「通常所定労働時間」働いたものとみなされるなどと主張して、時間外労働を問題としないなどということは、本末転倒である という判断基準を示したうえで、
アについては、労働者が従事した業務の一部または全部が事業場外労働であったことは認められるが、労働者は原則として、出社してから営業活動を行うのが通常であった 出退勤においてタイムカードを打刻していた 営業活動についても訪問先や帰社予定時刻等を会社に報告し、営業活動中もその状況を携帯電話等によって報告していた という事情からすると、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるとは認められないとし、 イについては、営業活動を終えて帰社した後も残務整理やチラシ作成等の業務を行うなどしており、所定労働時間(8時間)を超えて勤務することが恒常的であり、このような場合に事業場外みなし労働時間制度を適用することは制度の趣旨にも反するとして、 本件では事業場外みなし労働時間制度は適用されないとの結論を下しました。
国内ツアー派遣添乗員について
阪急トラベルサポート第1事件(東京高判平成23・9・14労判1036号14頁) 【事案の概要】 国内旅行のツアーに添乗員として派遣されていた労働者が、事業場外みなし労働時間制が適用されるとして派遣元事業主が支払っていなかった時間外・深夜割増賃金を請求した事案
【裁判所の判断】 労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」とは、就労実態等の具体的事情を踏まえ、社会通念に従い、客観的にみて労働時間を把握することが困難であり、使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価される場合をいう との判断基準を示したうえで、 添乗員は、午前9時までに自宅を出るツアーについては、起床時及び自宅からの出発時にモーニングコールをすることを義務付けられている 各ツアーについては指示書による行程の指示を受け、その指示に沿った行程管理を行って、行程ごとの出発時刻及び到着時刻、夕食が会食であるか自由食であるか等を詳細に記載した添乗日報を作成して会社に提出している ことなどから、社会通念上、添乗業務は指示書による会社の指揮監督の下で行われるもので、添乗日報の記載を利用して添乗員の労働時間を算定することが可能であるとして、労働時間を算定し難い業務にはあたらない(事業場外みなし労働時間制が適用されない)と判断しました。
海外ツアー派遣添乗員について
【事案の概要】 海外旅行の添乗業務に従事していた派遣労働者が、派遣元会社に時間外割増賃金等の支払いを請求した事案
【裁判所の判断】 ツアーの開始前、会社は添乗員に対し、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し、これに従った業務を行うことを命じている ツアーの実施中、会社は添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には、会社に報告して指示を受けることを求めている。 ツアーの終了後、会社は添乗員に対し、旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めており、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによって添乗日報の正確性を確認することができる などの事実から、
業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」にあたるとはいえない との判断を示しました。
外回り営業職が残業代請求を拒まれる別のケースや注意点
- 「事業場外みなし労働時間制」以外でも残業代請求を拒まれるケースがある
- 残業代請求をするときの注意点
外回りの営業職が残業代請求をする場合に何か注意がありますか?
残業代請求をするにあたっては、他にも会社が理由をつけて支払いを拒んでくることと、時効に気をつけましょう。
外回り営業職が残業代請求をする際に拒まれる別のケースや注意点として時効にかかることについて確認しておきましょう。
営業職であるから残業代は出ない
まず営業職は営業手当が別にある、成果報酬となっているから残業代は出ないという主張をすることがあります。 これらの手当はあくまで会社がインセンティブのために独自に定めるもので、残業代を支払わないことを正当化するものではありません。 営業手当がみなし残業代として支払われている場合でも、みなし残業を超える残業をさせている場合には残業代の支払いをさせる必要があります。
仕事が遅い・成果が出ていないから残業代は出ない
仕事が遅い、成果が出ていないから残業代は出ないという主張をされることもあります。 特に新人・部署に配属されて間もない頃は業務を教わる立場であるとして、会社側が長時間の拘束をすることがあります。 この場合にも、残業代は出さなくて良いとする根拠はなく、きちんと残業代を支払う必要があります。
残業代請求は時効に注意する
残業代請求をする際には時効に注意をしましょう。 残業代は給与の支払いなのですが、給与の支払い義務は3年で時効にかかります。 残業代の請求をするのは会社を退職後にすることが多いのですが、すぐにでも請求をしなければ、毎月時効にかかって請求をしても支払いを受けられなくなる可能性があります。 時効については、いったん内容証明で請求をすればストップすることができ、半年以内に裁判上の請求をしたり、労働審判を申し立てたりすることで止めることができます。 そのため、退職後はなるべく早く、請求のための行動をするようにしましょう。 残業代の時効については詳しくは、「残業代を請求する際に時効で請求できないことがある!?退職前・後での違いは?」で詳しくお伝えしていますので確認してください。
まとめ
「事業外みなし労働時間制」について解説しました。会社が「事業外みなし労働時間制」にあたると主張しても、適用が認められるとは限りません。 また、仮に適用されるとしても、残業代を請求することができる場合があります。 原則として、使用者は労働者の労働時間を把握する義務があり、みなし制度はあくまでも例外です。 ですから、会社から「事業外みなし労働時間制」だから残業代は支給しないと言われた方も、すぐにあきらめる必要はありません。 ご自身が残業代を支払ってもらえるのか知りたい方は、一度労働問題に詳しい弁護士に相談してはいかがでしょうか。 弁護士の探し方については「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。