裁量労働制の残業代の計算方法をわかりやすく解説します。
ざっくりポイント
  • 裁量労働制とは実労働時間にかかわらず一定の時間労働したとみなす制度
  • 裁量労働制を適用するには厳格な要件を満たさなければならない
  • 裁量労働制であっても時間外・休日、深夜労働は残業代を請求できる

目次

【Cross Talk】裁量労働制が導入されても残業代請求はできる

会社が裁量労働制を導入しようとしているみたいです。どこかで裁量労働制だと残業代ももらえずに長時間働くことになると聞いたことがあるので不安です。本当にそうなってしまうのですか?

裁量労働制が有効と認められるためには非常に厳しい要件を満たさなければならないので、会社が一方的に裁量労働制を導入できるわけではありません。また、裁量労働制が有効とされる場合でも、残業代を請求できることがあります。

少し安心できました!裁量労働制について詳しく教えてください!

裁量労働制でも残業代を請求できるか知りたい!

裁量労働制は、実際に働いた時間ではなくあらかじめ決められた時間働いたものとして給与を計算する勤務体系です。

そのため、いわゆるブラック企業がこの制度を悪用し、従業員を長時間労働させても「裁量労働制だから残業代は支給しない」と強弁する例が後を絶たないようです。

裁量労働制は非常に複雑な制度であるため、会社の言い分に疑問を抱きつつもどのように反論していいかわからず、泣き寝入りしているという方も少なくないでしょう。

そこで今回は、裁量労働制とは何か、裁量労働制の要件はどのようなものか、裁量労働制でも残業代を請求できるか等について詳しく解説します。裁量労働制で働いている方は是非参考にしてください。

類似制度である変形労働制とフレックスタイム制については、「変形労働制を採用している場合の残業代計算方法」、「フレックスタイム制とはどんな制度?残業代請求に必要な基礎知識を解説」を参考にしてみてください。

裁量労働制(みなし労働制)って何?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 実際の労働時間に関係なく一定の時間だけ労働したとみなす制度
  • 専門業務型・企画業務型の2つのみ認められる

そもそも裁量労働制ってどんな制度ですか?

裁量労働制は、実際の労働時間に関係なくあらかじめ決められた時間だけ労働したとみなす勤務体系です。

労働基準法は、法定労働時間を厳格に定め、法定労働時間を超える労働について割増賃金の支払いを義務付けるなど、基本的に労働時間の長さに応じた賃金を支払うことを想定しています。

しかし、業務の内容によっては、労働時間を労働者の裁量にゆだね、かつ労働の長さではなく労働の成果によって賃金を支払うのがふさわしいものもあります。

そこで、一定の専門的・裁量的な業務に従事する労働者について、実際に働いた時間に関係なく、事前に決めた時間(これを「みなし労働時間」といいます)働いたとみなす制度が作られました。これが「裁量労働制裁量労働みなし労働時間制)」です。

なお、固定残業代制(使用者が一定の残業時間を想定し、実際の残業時間にかかわらず定額の時間外手当を支給する制度)のことを「みなし残業」ともいいますが、裁量労働制(みなし労働制)とは異なります。

裁量労働制に該当するのは、専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)、企画業務型裁量労働制(労基法38条の4)の2つの働き方のみです。

これらの働き方には該当しないのに裁量労働制を導入している会社もあるので、注意が必要です。

裁量労働制(みなし労働制)が適用される基準は?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 専門業務型裁量労働制は、対象業務が限定され、労使協定で所定の事項を定める必要がある
  • 企画業務型裁量労働制は、労使委員会の決議が必要となるなどさらに要件が厳しくなっている

会社は裁量労働制を簡単に適用できるものなのですか?

専門業務型、企画業務型のいずれも労基法等が定める詳細な要件の全てを満たさなければなりません。ですから、会社が裁量労働制を導入したといっても、実際には要件を満たしていないこともありえます。

専門業務型裁量労働制の要件

専門業務型裁量労働制が適用されるためには、次の要件をすべて満たす必要があります。

対象業務

対象業務は、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令が定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務」に限られます(労基法38条の3第1項1号)。

厚生労働省令が定める業務とは、以下の通りです。

ア 新商品・新技術の開発または人文科学・自然科学に関する研究の業務
イ 情報処理システムの分析または設計の業務
ウ 新聞・出版の事業における記事の取材・編集の業務または放送番組の制作のための取材・編集の業務
エ 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの公安の業務
オ 放送番組、映画等の制作のプロデューサー・ディレクターの業務
カ その他厚生労働大臣の指定する業務

労使協定の締結・労基署への届け出

次のア~カの事項を労使協定(会社と社員の間で結ばれる書面での決まりごと)で定め、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません(労基法38条の3第1項1号~6号、2項)。

ア 対象業務
イ 対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間(みなし労働時間)
ウ 対象業務の遂行の手段および時間配分の決定等に関し、労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと
エ 労働者の健康および福祉を確保するための措置を使用者が講じること
オ 労働者からの苦情の処理に関する措置を使用者が講じること
カ その他厚生労働省令で定める事項

就業規則、労働協約、個別の労働契約に裁量労働制の定めがあること

労使協定は裁量労働制を適法とするために締結されるものであり、労働者との関係では就業規則、労働協約、個別の労働契約などに裁量労働制に関する定めが必要とされています。

企画業務型裁量労働制の要件

企画業務型裁量労働制は、専門業務型裁量労働制よりも厳格な要件を満たす必要があります。

対象業務

対象業務は、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」です(労基法38条の4第1項1号)。

どのような業務が対象業務にあたるかについては、厚生労働大臣告示(平11・12・27労告149号)などが以下のような具体例を示しています。

ア 経営企画を担当する部署における業務のうち、経営状態・経営環境等について調査及び分析を行い、経営に関する計画を策定する業務
イ 経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務
ウ 人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務
エ 人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修 計画を策定する業務
オ 財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務
カ 広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務
キ 営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務 ク 生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務

対象となる労働者

企画業務型裁量労働制の対象となるのは、対象業務に従事する労働者のうち「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」に限られます(同2号)。

したがって、「例えば、大学の学部を卒業した労働者であって全く職務経験がないものは、客観的にみて対象労働者に該当し得ず、少なくとも3年ないし5年程度の職務経験を経た上で、対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者であるかどうかの判断の対象となり得る」とされています(前記平成11・12・27労告149号)。

労使委員会が設置されていること

労使委員会(会社と社員の間で結成され、賃金や労働時間などの労働条件について調査審議し、会社に意見を述べることを目的とする委員会)が設置されていることが必要です。

労使委員会による決議と行政官庁への届け出

次のア~キの事項について、労使委員会の委員の5分の4以上の多数による議決をし、所轄の労働基準監督署長に届け出をする必要があります。

ア 対象業務
イ 対象となる労働者の範囲
ウ 対象となる労働者の労働時間として算定される時間(みなし労働時間)
エ 労働者の健康および福祉を確保するための措置を使用者が講じること
オ 労働者からの苦情の処理に関する措置を使用者が講じること
カ 対象労働者の同意を得なければならないこと及び同意をしなかった労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと
キ その他厚生労働省令で定める事項

なお、労使委員会の委員の半数は、過半数組合(または過半数代表者)が任期を定めて指名することになっており、使用者は、労働者が労使委員会の委員であること、労使委員会の委員になろうとしたこと、労使委員会の委員として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならないとされています。

対象となる労働者の個別の同意

同意は個別的でなければならず、事前の包括的な同意は許されません。就業規則の規定で同意を代用することや、入社時の労働契約書の条項で代用することは認められません。

就業規則、労働協約、個別の労働契約に裁量労働制の定めがあること

就業規則、労働協約、個別の労働契約に企画業務型裁量労働制の規定がなければ、みなしの効力は発生しません。

裁量労働制(みなし労働制)の残業代請求方法

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 要件を満たさない場合は通常の残業代を請求できる
  • 要件を満たす場合も時間外・休日労働、深夜勤務は残業代が発生する

裁量労働制の場合、残業代は請求できるのですか?

裁量労働制の要件を満たしている場合でも、時間外・休日労働、深夜業の法規制の適用は除外されません。したがって、これらの労働をした場合は残業代を請求することができます。

制度の要件を満たしていない場合

会社は裁量労働制を導入したと主張しているが、実際には2.で解説した要件を満たしていない場合が考えられます。

要件を満たしていない場合、適法な裁量労働制とは言えませんので、実労働時間と関係なく一定時間働いたとみなすことはできません。

したがって、労基法の原則どおり、実労働時間を基礎とする通常の方法で残業代を請求することができます(通常の残業代計算方法については「私の残業代はいくら?残業代計算方法【図解で分かり易く解説】」を参考にしてみてください)。

制度の要件を満たしている場合

裁量労働制の要件を満たしていた場合、実労働時間にかかわらず、労使協定で定めたみなし時間または労使委員会が決議したみなし時間だけ労働したものとみなされます。

協定みなし時間または決議みなし時間が8時間の場合、実労働時間にかかわらず8時間労働したとみなされるので、時間外労働には当たらず、残業代(割増賃金)を請求することはできないということになります。

ただし、裁量労働制は、あくまで実労働時間にかかわらず協定みなし時間・決議みなし時間だけ労働したものとすることを認めたものであり、労基法が定める時間外・休日労働、深夜勤務の規制まで適用が除外されるわけではありません。

したがって、協定みなし時間または決議みなし時間が法定労働時間を超える場合、法定労働時間を超える分の割増賃金を請求することができます。(たとえば、協定みなし時間が10時間と定められている場合には2時間分の割増賃金が請求できるといったことになります。)

また、深夜(22時~5時)や法定休日に労働した場合にも、割増賃金を請求することができます。深夜労働の場合の割増賃金については、「深夜残業の残業代はいくら?残業代計算方法を解説」を参考にしてみてください。

まとめ

裁量労働制について解説しました。本文でも触れたとおり、裁量労働制を導入するには非常に厳格な要件が定められているので、会社から裁量労働制だと言われているが、本当に対象業務にあたるのか、導入の手続に問題はないかなどといったことについて判断するのは難しいかもしれません。
裁量労働制で長時間労働させられているとお悩みの方は、労働問題に詳しい弁護士に、要件を満たしているか、残業代は請求できるかなどについて相談するといいでしょう(弁護士の探し方については「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。