- 「サービス残業上等!」という業種・職種がかなりある
- 残業代請求はと労働者の権利だから,躊躇しない!
- 行動を起こすと決めたら、「請求の方針」「証拠収集」「残業代の計算」をしっかり確認
- 仕事の内容によって必要な証拠が変わることに注意
- 会社と自力交渉するなら、「冷静さ」と「証拠に基づいた主張」を心がけよう
【Cross Talk】サービス残業が当たり前になっていませんか?
先生に紹介してもらった出版社の仕事、もう5年目になります!
頑張ってますね。編集者らしい顔つきになってきましたよ。
ただ、仕事はとても楽しいのですが、サービス残業が多くて……サビ残業地獄で困ってます。
「サービス残業」……いやな言葉ですよね。
残業があるだけでも気持ちが沈んでしまうというのに、「タダ働き」を強いられるのですから、受けるストレスは半端ではありません。
この記事では、サービス残業が横行している業界で働いている方に向けて、残業代を請求するための具体的なコツを解説しています。
サービス残業の多い業種・職種
- 運輸業や情報通信業、商品開発職や研究職など、「サービス残業が多い業種・職種」がある。
- 「コストを抑えたい」という一心から、社員のサービス残業を看過してしまう経営者がいる
先生、サービス残業が横行している業界があるって本当ですか?
残念ですが本当です。経営者としては,「コストをできるだけ抑えたい」という気持ちから,残業代を支払わないことが横行しています。
世の中には「残業の多い業種・職種」があります。業種としては運輸・郵便業、情報通信業、電機・ガス・熱供給・水道業、広告業、出版・新聞業、職種としては配送・物流、商品開発・研究、IT技術・クリエイティブ職などです。
これらの業種・職種では、「突発的な業務が頻発する」「仕事の相互依存性が高い」「社外関係性・顧客の幅が広い」「法令遵守の意識が低い」「部下の模範となるべき上司も残業時間が長い」などの事情があるため、どうしても長時間かつ不規則な労働になりがちです。
労働時間が長く不規則になると、その分残業代も増えます。人件費は最大の固定費ですから、コスト抑制を重視する経営者のなかには「うちの社員はサービス残業なのに文句一つ言わずに頑張ってくれてありがたい!甘えさせてもらおう……」という人も出てくるわけです。
サービス残業が多い業界だからこそ未払い残業代請求をする!
- 古い体質や風習に犯された業界では、サービス残業を嫌がる新人や若者を批判するベテランが幅をきかせている
- 残業代請求権は労働基準法が認めた基本的な権利であり、遠慮せずに行使するべき
入社したばかりの頃、先輩から「おまえら、定時でスパッと帰れると思うなよ」と釘を刺されたことを覚えています。
弁護士:世の中には「残業して当然、時にはサービス残業も我慢しろ」という会社がまだまだ多いようですね。労働者の権利をうたう労働法の理念をいかに社会全体で共有できるかが課題です。
業界によっては「新人は残業してなんぼ」「最近のゆとり世代はサービス残業を嫌がるから困る!」といった古くて凝り固まった考えが蔓延していることがあります。また残業している本人も、「サビ残を気にしていたらこの業界ではやっていけない。仕方がないよ……」などと、サビ残を仕方なく受け入れてしまう人も少なからずいるようです。
しかし、そのような悪しき風習を受け入れたままでは、いつまで立っても残業代の未払いはなくなりません。労働基準法は就業規則を作成するための単なるひな形ではありません。現場で働く労働者の権利を守り、会社・業界における法令遵守の意識を高めるためにあるのです。
残業代の請求権は法律で認められた労働者の基本的な権利です。気後れすることなく、正々堂々と請求してください。
未払い残業代請求の方法
- 「残業代の計算」「時効停止措置」「証拠の収集」の3つが大切
- 有力な証拠としてはタイムカード、パソコンの操作履歴、業務日誌、手帳やSNSに残したメモ、GPSアプリ、他人の証言などがある。
先生のお力を借りずに、残業代を自分で請求するのはやはり難しいのでしょうか?
一概にそうとは言えませんよ。弁護士を立てることで会社との関係が悪化してしまうこともありますからね。自力交渉と弁護士、それぞれのメリット・デメリットをチェックしてみましょう。
「私の残業代が一部未払いになっているみたいなので……支払ってもらえませんか?」などと曖昧な態度で残業代を請求しても、のらりくらりと言い訳をされて支払ってもらえない可能性もあります。
残業代を会社に請求する場合は、「請求の基本方針」「証拠の収集」「残業代の計算」の3つをしっかりと固めたうえで交渉するのがポイントです。
未払い残業代の計算をして回収見込みを立てる
未払い残業代が一体どの程度あるのか計算してみましょう。回収見込みが立つかどうか確認するため概算でも構いません。
一例ですが、未払い残業代の総額が30万円以下であれば、弁護士に依頼せずご自身で請求したほうが良いかもしれません。弁護士費用などが掛かり、赤字となってしまうからです。
残業代の計算式は次の通りです。計算が難しそうだと思いましたら、残業代請求・簡易計算ツールもありますので、こちらを利用してみてください。
(注)
- 残業時間とは、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた労働時間のこと。会社所定の労働時間を超えていても、法定労働時間を超えていなければ残業代は発生しない
- 時間単価は、時給制・日給制・月給制で計算方法が異なる
時給制の時間単価・・・時給金額がそのまま時間単価となる
日給制の時間単価・・・日給を1日の所定労働時間で割る
月給制・・・1年を通して毎月の労働時間が同じ場合は、月給を一月あたりの所定労働時間数で割る。月によって労働時間が異なる場合は、月給を一月あたりの平均所定労働時間数で割る
割増率とは、残業・時間外労働に対して通常の料金よりも割増して支払われる賃金の割合を指します。残業代の割増率は以下のように決められています(残業代の割増率について詳しく知りたい方は、「【図解】残業代の計算に必要な時間単価の「割増率」とは?」をご覧ください。)。
解説だけでは分かりにくいと思いますので、具体例で説明しましょう。深夜残業のケースです(深夜残業について詳しく知りたい方は「深夜残業の残業代はいくら?残業代計算方法を解説」をご覧ください。)。
【合わせて読む】在職中、退職後の請求どちらが良い?
残業代を請求する場合に一番悩むのが「会社に在職したまま請求するか否か」という点でしょう。
すでに退職しているのならともかく、在職している状態で残業代を請求するのは「ストレス度」が非常に高くなります。会社に対して残業代を請求した事実が職場にバレてしまうと、あなたに対して陰口や嫌がらせをする輩が出てくるかもしれないからです。
「在職中に請求」と「退職後に請求」とでは、次のような違いが生じます。
ご覧の通り、どちらにもメリット・デメリットがあるので、ケースバイケースであり「こちらのほうが有利」と断言することはできません。
あくまでも一般論ですが、「残業代を請求するのって、会社に楯突くことになるの?」と不安になるような方は、退職してから残業代を請求するほうがストレスも少なくてすみます。反対に「自分は当然の権利行使をしているだけ。他人がどう考えようが気にしない!」と強い信念を保てる人なら、在職中に請求しても問題はないでしょう。
時効中断措置を取る
未払の残業代は、給料の支払い日の翌日から2年間で時効により請求できなくなります。図解で表すと以下の通りです。
時効によって未払い残業代の支払いが受けられなくなるのを防ぐためには、裁判上の請求(労働審判の申し立ても含む)をする必要があります。
ただ、裁判上の請求をするほど準備が整っていない場合には、先に内容証明郵便を会社に送付しましょう。内容証明郵便を送ってから6ヵ月の間は時効の完成を猶予することができます(時効について詳しく知りたい方は「【退職後の残業代請求】残業代請求は退職後もできる?時効は?」をご覧ください。)。
未払い残業代請求の交渉カードの証拠の収集
残業代請求における証拠とは、「労働時間を特定する証拠」とほぼ同じ意味だと考えてください。残業時間を特定するためには、「計算の基本となる所定労働時間を確認」→「実際の労働時間全体の把握」→「労働時間全体から法定労働時間を差し引いて残業時間を特定」という流れになります。
以下にあげるような有力な証拠をどれだけ多く確保できるかが、残業代請求の成否を左右します。
①タイムカード
労働時間の証拠としては、やはりタイムカードが重要です。残業代請求の裁判でも、「タイムカードがある場合は、特段の事情のないかぎり、タイムカードから作成した個人別出勤表にしたがって労働時間を算定すべき」という考え方が主流です。
ただし、常にタイムカードの打刻時間がそのまま労働時間と認定されるわけではありません。「タイムカードは従業員の出退勤を確認することも目的の一つ。したがって、タイムカードの打刻時間が所定の労働時間より早かったり遅かったりしても、その打刻時間の間、常に使用者の指揮命令下に置かれていたと推定することはできない」として、タイムカードの証拠としての価値を控えめに捉えた判例もあります。
多くの会社では始業時間ぴったりではなく、余裕を持って出勤するよう従業員に命じているのが通例です。また終業時間後にタイムカードを押させて、その後も業務を続けさせる悪質なケースも珍しくありません。
したがって「タイムカードのコピーがあるから勝てる!」と安心するのではなく、その他の証拠も併用して、正確な労働時間・残業時間を把握することが重要です。
②パソコンの操作履歴
パソコンを使う業務なら、操作履歴を調べることでパソコンの稼働時刻を正確に把握できます。会社からパソコンを支給されている場合や、自分のパソコンでも外回りがなく終日オフィスでパソコン作業をしている場合なら、パソコンの操作履歴は何よりも有力な証拠となります。
③業務日誌
終業後に業務日誌の作成・提出が義務となっている職場なら、日誌を読めば業務内容や拘束時間がわかります。また直属の部下・上司や同じプロジェクトを担当する同僚の業務日誌も、そのなかに自分に関する記述があれば証拠となりえます。
④手帳やSNSに残したメモ
早朝出勤やきつい残業の様子などを手帳やSNSにメモしておくと証拠として使えます。スマホのGPSアプリなど自分の行動パターンを正確に記録してくれるツールもあるので活用しましょう。
⑤証言
同じ勤務シフト、現場で仕事をしている同僚がいるなら、その証言から労働時間をある程度推定することができます。
⑥その他
「上司からの出勤要請に使われたEメールやLINE」「入退室管理システムのデータ」「取引先とのFAX送受信記録」なども労働時間を推定する証拠となります。
<メールやチャットは取扱注意!>
クライアントとやりとりしたメールやチャットは業務上の秘匿情報であり、原則として社外に持ち出すことができません。また情報漏洩予防の観点から、USBメモリの使用を禁止している会社もあります。
とはいえ、その情報が残業時間を特定するための証拠であるなら、どうにかして利用したいのも事実でしょう。
弁護士に依頼し、証拠保全手続で取得するならもちろん問題ありません。弁護士を立てず自力で証拠を集める場合は、会社所定のルールに抵触しないよう注意する必要があります。
いざ未払い残業代請求交渉へ
- 自力で交渉する場合は、冷静に、確実な事実(証拠)に基づいてこちらの言い分を伝えること
- 弁護士に交渉を依頼する場合は、事実関係をよく整理し、できるだけ証拠を集め、着手金を準備してから相談すると良い
証拠を集めたところまではいいのですが、本当に自分一人で会社と交渉できるのか、かなり不安です……。
依頼人の不安を払拭することも弁護士の大切な仕事です。もし弁護士が必要なら、どうぞ気軽に連絡してくださいね。
証拠を集めたら、いよいよ会社側との交渉に入ります。
自力で交渉する場合の注意点
熱くならない
交渉事を成功させるには冷静さが必要です。会社側の担当者と話し合える段階まで進めたとしても、その席で思わず熱くなり、言葉が荒くなるようなことは絶対に避けないといけません。
「自分の言い分が不利なのをごまかそうとして声を荒らげているな……」
「こんな粗暴な人間と関わるとろくなことがないので、交渉を打ち切ろう」
などと、会社側の態度を硬化させ、せっかくの交渉がご破算になるおそれがあります。
主張は常に事実(証拠)に基づいて展開する
「残業代を支払って!」と曖昧に請求するのではなく、具体的な証拠を挙げて「〜時間残業しているので、〜円の残業代を支払ってほしい」と事実に基づいた主張をすることが重要です。
弁護士に依頼する場合の注意点
事実関係を整理してから相談する
法律相談に応じる弁護士は、依頼者の言葉に耳を傾けながら、依頼者が置かれている状況を把握し、法律的にどのような救済が可能かを考えます。したがって弁護士に伝える事実が曖昧であったり、嘘や誇張が混じっていたりすると、弁護士は正確な回答ができませんし、実際に交渉する際も的確な戦略を立てることができません。
弁護士に初めて相談する際は、まず自分が置かれている状況を「これは間違いない」という確実な事実と「〜かもしれない」という曖昧な事実に整理しておくと話がスムーズに進みます。もっとも,事実関係の整理ができないから,弁護士に相談できないと考える必要はありません。相談の中で,徐々に事実関係を整理していくこともできますので,そのような場合には弁護士に聞かれたことに対し,嘘や誇張なく答えるようにしてください。
弁護士の相談の仕方について詳しく知りたい方は「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」をご覧ください。
証拠となる資料はできるかぎり集めておく
弁護士は証拠を使って法的解決に導く専門家ではありますが、必ずしも「証拠収集のプロ」ではありません。裁判所が介入してからならともかく、それ以前の私的交渉の段階では、証拠との距離がもっとも近い当事者のほうが証拠を集めやすい場合もあるのです。
本記事などを参考にして、証拠となる事実をできるだけ多く集めたうえで弁護士に相談すれば、弁護士としても素早い対応が可能となります。
証拠の集め方全般については、「未払い残業代請求のための証拠の集め方」を参考にしてみてください。
必要となる費用を概算しておく
弁護士に依頼することになった場合、法律相談の費用とは別に、着手金などの費用がかかります。着手金の支払いがあるまでは交渉を進めることができませんので注意が必要です。
依頼したい弁護士が決まっているならば、所属する法律事務所のWebサイトなどに着手金など大まかな費用の案内があるはずですので調べておきましょう。
Webサイトがない場合は、メールや電話で問い合わせれば答えてくれます。また役所や弁護士会などが定期的に開催する「無料法律相談」を利用して、対応した弁護士から費用に関する情報を教えてもらうこともできます。
弁護士費用について詳しく知りたい方は「残業代請求のための弁護士費用・相場はどのくらい?」をご覧ください。
まとめ
残業の多い業界では、「サービス残業は、社員の誰もが通る道。それを無視して、自分だけ残業代をきっちりもらおうとは、なんて協調性のない奴だ!」などという風潮が蔓延している業界もあります。 本文でも述べましたが、そのような考え方を受け入れてしまうと、自分の権利を捨てるだけでなく、会社や業界全体の遵法意識を麻痺させることにつながりかねません。
とはいえ、「世話になっている会社に楯突く感じがして……」と不安になる気持ちもよくわかります。そんなときに頼れるのが労働問題にくわしい弁護士です。独りで悩まず、ぜひ気軽に相談してみてください。