- 残業代請求の時効期間は2年(ただし今後、法改正の可能性がある)
- 時効期間を過ぎても例外的に残業代を請求できる場合がある
- 時効期間が迫っている場合は、時効の完成を止める対策を
【Cross Talk】残業代請求はいつまでにしないといけない?
半年ほど前に転職しました。
前の会社は毎日のように残業があったのに残業代を払ってもらえませんでしたが、今の会社は残業はありませんし、たまに残業をしてもきちんと残業代を払ってくれます。
転職してよかったですね。ところで前の会社の残業代はどうなったのですか?
やめる前に上司に残業代を払ってほしいと言ったのですが、うやむやにされて結局そのままになっています。
今からでも請求できるんでしょうか?
残業代には、2年の消滅時効があります。言い換えれば、2年以内であれば退職の前後に関係なく残業代を請求することができるということです。
放っておくと時効の完成によって請求できる残業代が少なくなるので、残業代を請求したいなら早めに行動に移さなければいけません。
長期間残業代が支給されていないが、居心地が悪くなることへの不安などから、なかなか請求に踏み切れないまま時間だけが経過しているという方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、残業代請求には消滅時効があり、一定期間が経過することで残業代を請求できなくなってしまうことに注意が必要です。
そこで今回は、残業代の消滅時効について解説します。消滅時効については、2020年に施行される改正民法とも関連しますので、改正民法についても併せて解説します。
そもそも時効って?
- 時効とは、一定期間継続した事実状態にしたがった権利関係を認める制度
- 時効には取得時効と消滅時効の2種類があり、権利ごとに法律で時効期間が定められている
そもそも時効って何なんですか?どうしてもともと持っていた権利がなくなるなんて制度ができたんでしょうか?
時効とは、ある事実状態が一定期間継続した場合に、その事実状態に適合する権利または法律関係があるものと扱う制度です。
時効の存在理由については、永続した事実状態の保護する、
権利の上に眠る者は保護に値しない、立証の困難を救済するなどといった説明がされています。
時効とは、物の占有や権利の不行使などの事実状態が一定期間継続した場合に、その事実状態にしたがって権利または法律関係を認める制度です。
時効には、一定期間、他人の物を占有することで所有権等の権利を取得する取得時効と、一定期間、権利を行使しないことによって権利を失う消滅時効の2種類があります。
時効制度の存在理由については、次のように説明されています。
・永続した事実状態の尊重
一定期間、事実状態が継続すると、その事実状態を前提にさまざまな法律関係が形成されていくので、社会の法律関係の安定を図るためには、その事実状態の保護が必要になるという考えです。
・権利の上の眠る者は保護に値しない
いつでも権利を行使することができたのに、長期間にわたってそれを怠った者は保護に値しないという考えです。
・立証の困難の救済
真の権利者であっても、長期間の経過により資料の散逸などによって権利の立証が困難になることがあるので、真の権利者の保護を図る必要があるという考えです。
時効の存在理由は、一般的にはこれらのいずれか一つではなく、これらの総合であると考えられています。
残業代請求の時効期間ってどのくらい?
- 退職金請求の時効期間は2年
- 民法に合わせて時効期間が延長される可能性がある
- 時効期間は給料日の翌日から進行する
時効制度についてはわかりました。残業代の請求はどのぐらいで時効になってしまうのですか?
現行の労働基準法では、残業代請求の消滅時効の期間は2年とされています。この2年という期間は、本来残業代が支払われるべきであった給料日の翌日から数えます。ただし、今後、法改正によって時効期間が長くなる可能性があります。
現行法の時効期間
賃金請求権には2年の消滅時効があります(労働基準法115条)。ここでいう「賃金」とは、名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうので(労働基準法11条)、残業代もここでいう「賃金」に含まれます。
したがって、現行法上、残業代の時効期間は2年ということになります。
現行民法は、債権は原則として10年で時効により消滅するとしつつ(民法167条)、債権の種類によってはそれより短い時効期間を特別に定めている場合があります(短期消滅時効といいます)。
たとえば、月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に関する債権は、1年の消滅時効により消滅するとされています(民法174条1号)。
労働基準法115条の規定は、労働者を保護するために、賃金債権の時効期間を延長したものと位置付けることができます。
時効期間が延長される可能性
2020年施行予定の改正民法では、債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年または権利を行使することができる時から10年で時効消滅するとされるとともに、短期消滅時効の制度は廃止されることになりました。
つまり、改正民法施行後は、「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に関する債権」であっても、債権者(労働者)が権利を行使することができることを知った時から5年で時効消滅するということになります。
そうなると、労働者を保護するための特別な規定である労働基準法115条の方が、民法の原則より短い期間を定めていることになってしまいます。
そこで、現在、民法の規定に合わせて労働基準法を改正すべきではないかが検討されています。ただ、まだ労働基準法が改正されたわけではないので、当面は、残業代請求の時効期間は2年と考えてください。
時効期間の起算点
消滅時効は、権利を行使することができる時から進行するとされています(現行民法166条)。
残業代を含む賃金債権について権利を行使することができるのは、賃金が支払われるべき日、つまり給料日です。
ただし、日、週、月または年によって期間を定めたときは初日は参入しないことになっているので(民法140条)、残業代請求の時効期間は、給料日の翌日から進行することになります。
この時効期間が進行する日(時効の起算点)は、労働者が在職中であるか退職したかによって変わることはありません。
ですから、在職中に会社に残業代請求をすると居心地が悪くなってしまうではないか等と悩んで残業代請求に踏み切れないでいると、消滅時効によって残業代請求ができなくなってしまうおそれがあるのです。
例外的に残業代請求の時効期間を過ぎても請求できる場合はある?
- 会社が時効を援用しなければ残業代を請求することができる
- 残業代の不払いが不法行為に当たる場合には2年が経過した後でも請求できる
以前勤めていた会社では残業代を払ってもらえなかったのですが、退職してから2年以上経っています。残業代はあきらめるしかないのでしょうか?
例外的に残業代請求ができる場合があります。
たとえば、会社が時効を利用するという意思表示をしないときは、残業代を請求することができます。
また、残業代の不払いが悪質な場合、不法行為に当たることがあり、そのときは時効期間が変わりますので、残業代を請求することができる可能性があります。
会社が時効を援用しない場合
時効の効果は、時効期間が経過すれば当然に発生するわけではありません。
時効の効果が発生するには、時効によって利益を受ける者がその利益を受けようとする意思表示をしなければなりません。この意思表示を、時効の援用といいます。
残業代請求についていえば、たとえ消滅時効の期間が経過していたとしても、会社が時効の援用をしなければ、残業代を請求することができます。
会社が時効を援用しないことなどあるのかと思われるかもしれませんが、たとえば会社に残業代を支払わないという意思はなく、たんに残業代の計算を間違っていた場合などもありえますから、あり得ないこととまでは言えないでしょう。
残業代を支払わないことが不法行為にあたる場合
会社による残業代の不払いが悪質な場合、会社に不法行為が成立する可能性があります。
不法行為とは、故意または過失により、他人の権利または法律上保護される利益を侵害する行為をいい、不法行為によって他人に損害を生じさせた者は、その損害を賠償する責任を負うとされています(民法709条)。
これまで解説した労働基準法115条は、労働契約に基づく賃金債権について時効期間を定めたもので、すから、契約関係ではなく不法行為に基づいて生じる損害賠償請求権について適用されるものではありません。
そのため、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間は、民法の規定に従うことになります。
そして、民法では、不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者が損害および加害者を知った時から3年で時効により消滅すると定められています(民法724条)。
このように、賃金債権の時効期間と不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間に差があるので、賃金債権については時効が完成していたとしても、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は完成していないという場合がありえます。
ただし、残業代の不払いについて不法行為に基づく損害賠償が認められたケースはそれほどありません。
これまでの裁判例をみると、単に残業代の不払いがあるだけでは足りず、会社に相当程度の悪質性が認められることが必要と考えられます。
残業代請求の時効期間が迫っている場合の対処法
- 時効には中断・停止がある
- 民法改正後は更新・時効の完成猶予に変わる
時効期間が迫っていることが分かったので、急いで会社に残業代を支払ってほしいと要求したのですが、のらりくらりとかわされています。
このまま時効期間が経過すると残業代をもらえなくなるのでしょうか?なんとか対処する方法はありませんか?
時効には中断と言って、それまで進行してきた時効期間がゼロになり、また一から時効期間が進行することになるという制度があります。
訴えの提起など裁判上の請求が中断事由の代表的なものです。
また、時効期間内に訴えを提起する準備が間に合わない場合は、いったん時効期間を止める停止という制度があります。民法の改正で制度が変わりますので、併せて解説しましょう。
時効の中断
時効の中断とは、時効期間の進行中に一定の事情が発生した場合に、それまで進行してきた時効期間をゼロにし、また一から進行させることをいいます。
現行民法は、次の3つの事情を時効の中断事由と定めています(民法147条)。
- 請求
ここでいう請求とは、単に債権者が債務者に債務の履行を求めるだけでは足りず、裁判所が関与する正式な手続で請求することをいいます。
具体的には、訴えの提起、支払督促、裁判所への和解の申立て、調停の申立てなどがこれにあたります。 - 差押、仮差押えまたは仮処分
差押え、仮差押えまたは仮処分といった裁判所の手続をとった場合、差押えなどの根拠になる債権について時効が中断します。 - 承認
承認とは、時効によって利益を受ける者が、時効によって権利を失うものに対して、その権利が存在することを知っている旨を認めることをいいます。
明示的に承認をした場合のほか、債務の存在を前提とした行為(たとえば、一部の弁済など)も、承認にあたります。
時効の停止
時効の停止とは、時効期間の進行を一時的に止め、時効の完成を猶予することを言います。
「時効の中断」で解説した時効の中断事由をみると、時効によって利益を受ける者が協力的な場合、承認によって比較的簡単に時効を中断させることができます。
他方、時効によって利益受ける者が非協力的な場合、請求か、差押え・仮差押え・仮処分をしなければ、時効を中断させることができません。
しかし、これらの裁判所の手続をとるためには、相応の準備が必要であり、どうしても時間がかかってしまいます。
そうなると、時効期間内に準備が間に合わず、時効が完成してしまうおそれがあります。
そこで、そのような緊急時には、催告によって時効の完成を猶予することができます。
催告とは、裁判所の手続によらずに請求をすることをいいます。法律上、特別な方式の定めはありませんが、催告があったかなかったかが争いになることのないよう、内容証明郵便で請求をするのが一般的です。
催告をして6ヶ月以内に裁判上の請求等をすれば時効中断の効力が生じるので(民法153条)、時効期間が迫っている場合、催告をすることで6ヶ月時効の完成を延長させることができます。
民法改正後は更新・時効の完成猶予
時効の中断・停止は、現行民法に定めのあるものですが、改正民法はこれを改め、「時効の完成猶予」「更新」という概念を設けました。
時効の完成猶予とは、一定の事由がある場合に時効は完成しないとするものです。
裁判上の請求等、強制執行等、仮差押え等、催告のほかに、権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときも、時効の完成は猶予されると定められています。
時効の完成が猶予された後、一定の事由がある場合には、時効期間がゼロから進行するとされています。
これを「時効の更新」といいます(現行法の中断と同様です)。
たとえば、裁判上の請求をした場合に、確定判決等によって権利が確定したときは、裁判上の請求が終了したときから新たに時効期間が進行するとされています。
まとめ
残業代請求の時効について解説しました。
残業代は残業をしたことに対する正当な対価ですから、時効によって請求することができなくなることのないよう、適切な対処するようにしてください。
時効期間が迫っている場合には特に迅速な対応が必要になるので、一刻も早く専門家である弁護士に相談するといいでしょう。
また、退職後の残業代請求につていは「【退職後の残業代請求】残業代請求は退職後もできる?時効は?」 の記事でも解説していますので、気になる方はご参照ください。