医者(医師)が残業代請求をする方法について詳しく解説します!
ざっくりポイント
  • 医者(医師)も残業代を請求できる可能性がある
  • 医者(医師)は残業が多く、過労死ラインを超える残業をしている医者(医師)も珍しくない
  • 残業代請求には証拠が重要!

目次

【Cross Talk】医者(医師)も残業代が請求できる?

私は勤務医として働いていますが、毎月長時間の残業をしているのに、残業代が出ません。理由を尋ねても年俸制だからと言われただけです。
同じような待遇の友人も多いので医療業界の慣例のようなものかもしれませんが、納得できません。医者は残業代を請求することができないのでしょうか?

そんなことはありません。
勤務医も労働者であることに変わりはないので、法律の定めに従って残業代を請求することができます。
年俸制の場合は残業代を払わなくて良いというのも誤解です。残業代は労働に対する正当な対価ですから、きちんと請求すると良いでしょう。

残業代を請求できるんですね!

残業の多い医療業界!残業代請求で労働に対する正当な対価を!

医者(医師)は、人員の不足や、人の命にかかわるという業務の性質などから、どうしても労働時間が長くなりがちです。
しかし、医者(医師)には一般的に高額の給与が支払われることから、医療業界ではいまだにサービス残業が珍しくありません。
医者(医師)であっても、勤務医の場合は労働者であることに変わりはありませんから、労働基準法の規定に従って残業代を請求することが可能です。
そこで今回は、医者(医師)の残業代請求の考え方やその請求方法等について解説します。医者(医師)の方はぜひ参考にしてください。

医者(医師)の未払い残業代が発生する原因

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 基本給や手当に残業代が含まれている場合や年俸制であっても、残業代を請求できる可能性がある
  • 「名ばかり管理職」は残業代を請求することができる

私の勤務する病院では残業代がもらえません。
他の病院で勤務する友人からも、残業代が出ないという話をよく聞きます。
どうして医者(医師)には残業代が出ないのでしょうか?

病院側の言い分としてまず考えられるのが、残業代を含めて基本給や手当、年俸を決めているので、別途残業代を支払う必要はないというものです。
また、管理職には残業代を払わなくても良いと考えているケースもあるでしょう。

基本給や手当に残業代が含まれている

医者(医師)に未払い残業代が発生する原因として考えられるのが、病院側が基本給や他の手当に残業代が含まれていると主張するケースです。

しかし、基本給については、

・基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ
・労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を支払うことが合意されている

場合にのみ、その予定割増賃金分を割増賃金の一部または全部とすることができるとされています(小里機材事件・東京地裁昭和62・1・30労働判例523・10、東京高判昭和62・11・30労働判例523・14、最判昭和63・7・14労働判例523・6)。

また、別の名目の手当に残業代が含まれているとする主張についても、そのような合意が有効とされるためには、

・その手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること、
・定額残業代として労基法所定の額が支払われているか否かを判定することができるよう、その約定(合意)の中に明確な指標が存在していることのほか、
・当該定額(固定額)が労基法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在するか、あるいは少なくとも、そうした取扱いが確立していること

が必要不可欠であるとした裁判例があります(イーライフ事件・東京地判平成25・2・28労働判例1074・47)。

したがって、病院側に基本給や手当に残業代が含まれていると言われても、上記の裁判例で挙げられた要件を満たさない場合、残業代を含むものとしての合意が有効であるとは認められず、残業代を請求することができます。

年俸制なので残業代の支払い義務はない

次に考えられるのが、年俸制だから残業代を支払わない(年俸に残業代が含まれている)というものです。
このように誤認している使用者も少なくありませんが、年俸制はあくまで1年間の総給与額を定めただけのもので、年俸制を採用すれば残業代を支払わなくても良いとは言いきれません。

残業代が基本給に含まれている場合と同じように、残業代として支払われる額が明示されているか、容易に算定可能であることが必要と考えられます。

裁判例の中には、年俸制として、時間外労働割増賃金、諸手当、賞与を含め年額300万円、毎月25万円支給とした賃金につき、「被告における賃金の定め方からは、時間外割増賃金分を本来の基本給部分と区別して確定することはできず、そもそもどの程度が時間外割増賃金部分や諸手当部分であり、どの部分が基本給部分であるのか明確に定まってはいないから、被告におけるこのような賃金の定め方は、労働基準法37条1項に反するものとして、無効となるといわざるを得ない」と判断したものがあります(創栄コンサルタント事件・大阪地裁平成14・・5・17労働判例828・14)。

したがって、年俸制であっても、残業代を請求できる可能性があります。

管理監督者なので残業代の支払い義務はない

さらに、病院側が、管理監督者にあたるから残業代を支払ないという主張をすることが考えられます。
これは、管理監督者には、労働時間や休日に関する労働基準法の規定が適用されず(労基法41条2号)、残業代(時間外手当)に関する規定も適用されないので、残業代を支払う義務がないという意味です。

しかし、ここでいう管理監督者とは、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべき」とされています(昭和63・3・14基発150号)

したがって、名称だけでこのような立場にない、いわゆる「名ばかり管理職」の場合、管理監督者にはあたらず、残業代を請求できるということになります。

管理監督者性が争われた裁判例では、管理監督者であることが否定されたものが多いので、病院側から管理者であると言われても、簡単に諦めてはいけません。

医者(医師)の残業時間の平均とはどのぐらいか?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 1週間の残業は平均8時間
  • 過労死ラインを超える残業をしている医者(医師)も少なくない

医療業界は残業が多いと言われていますが、医者は実際にはどのぐらい残業をしているのでしょうか?

厚生労働省が行ったアンケートによれば、1週あたりで平均8時間残業をしているという結果が出ています。
ただ個人差が大きく、1週間で20時間以上の残業をしている方が2割近くいます。

医者(医者)の残業時間の実情

厚生労働省が、「平成30年版過労死等防止対策白書」の中で、過労死等が多く発生しているとの指摘がある業種・職種についての調査・分析結果を公表しています。

医療業界もその対象の一つで、これによると、平均的な1週間(通常期)における医者(医師)の勤務時間は、平均48.0時間となっています。
法定労働時間は1週40時間ですから、1週あたり平均8時間残業をしているということになります。

ただし、これはあくまで平均で、1週あたりの勤務時間が60時間以上80時間未満と回答した医者(医師)が16.8%、80時間以上と回答した医者(医師)が2.5%いました。
前者の残業時間は1週間で20時間以上40時間未満、後者の残業時間は1週間で40時間以上となります。

厚生労働省の「過労死ライン」は月80時間とされていますので、仮にこのような通常期の勤務時間が1ヶ月続くとすれば、約2割(19.3%)の医者(医師)は、過労死ラインを超える残業をしているということになるのです。

医者(医者)の残業時間が長くなる原因

それでは、なぜ医者(医師)の残業時間は長くなるのでしょうか?

先ほどの厚生労働省の調査によれば、残業が発生する理由として医者(医師)が多くあげたのは、

・診断書やカルテ等の書類作成のため  57.1%
・救急や入院患者への緊急対応のため  57.0%
・患者(家族)への説明対応のため   51.8%
・手術や外来の診療時間の延長のため  47.5%
・院内の研修会・勉強会に出席するため 38.7%

などでした(複数回答)。

人の生命にかかわることや、常に最新の専門知識を身に着ける必要があることといった業務の性質から生じる理由が多いことが特徴といえます。

未払い残業代を医者(医師)が請求する手順

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代請求の手順とは?
  • 残業代請求には証拠の収集が必要になる!

私は年俸制で残業代を請求できないと思っていましたが、請求できる可能性があることが解りました。病院に残業代を請求したいのですが、どのような手順で進めればいいのですか。

一般的には、まず未払いの残業代を計算して、病院に内容証明郵便を送って請求し、病院と交渉します。
交渉がうまくいかない場合は、労働基準監督署に相談し、それでも残業代が支払われない場合は裁判所の手続を利用して残業代を請求することになります。
裁判では未払いの残業代に関する証拠が必要になるので、事前に十分に証拠を集めておくことが重要です。

医者(医者)の残業代請求の大まかな流れ

・未払い残業代の計算
未払い残業代を請求するには、まず残業代を計算することから始めます。
残業代は、時間単価×残業時間×割増率で計算するのが原則ですから、時間単価や残業時間を正確に把握する必要があります。

・支払い請求書を病院に内容証明郵便で送付
残業代の計算ができたら、病院に対し、残業代を請求します。
請求の方式が決まっているわけではありませんが、請求したことを記録に残すために、内容証明郵便で請求書を送付するのが一般的です。

・労働基準監督署に申告
病院に内容証明郵便を送り、病院と交渉をしたとしても、病院が残業代の支払いに応じるとは限りません。
病院との交渉が思うように進展しない場合には、労働基準監督署に相談・申告して、労働基準監督署から病院に指導や勧告をしてもらうという方法が考えられます。

・労働審判を申し立てる
労働基準監督署の指導や勧告には強制力がないので、病院が指導や勧告に従うとは限りません。
労働基準監督署の指導・勧告で効果がなければ、裁判所の手続を利用することになります。
裁判所には複数の手続が用意されていますが、残業代のような労働問題については、通常の裁判(訴訟)よりも迅速(原則3回以内で終結する)な労働審判という手続があります。

・訴訟を起こす
労働審判では、最終的に裁判所が審判という形式で残業代についての判断を示すことになりますが、裁判所の審判に対しては異議を申し立てることがでます。異議の申し立てがあった場合、通常の訴訟に移行します。

また、複雑な事案の場合や、病院の姿勢が強硬で労働審判では解決しないと予想される場合(病院が和解に応じず、残業代の支払が認められれば意義を申し立てると予想される場合)には、最初から労働審判ではなく訴訟を起こすことも考えられます。

カルテなども残業している証拠になる!

「医者(医者)の残業代請求の大まかな流れ」で解説した通り、病院が残業代の支払いをしない場合、最終的には裁判所の手続を利用することになります。

裁判所の手続では、裁判所が証拠に基づいて残業代の支払いを認めるかどうかを判断します。
証拠がなければ残業代の支払いが認められませんから、残業代請求では事前に証拠を収集しておくことが重要になります。

残業代請求に関する証拠には、大きく分けて労働時間に関する証拠と、賃金(時間単価)に関する証拠があります。
労働時間に関する証拠としては、シフト表、タイムカード、出勤簿などが一般的ですが、医者(医師)特有の証拠として、患者のカルテ等があります。

カルテには、患者の状態の推移やそれに対する処置などが、時刻まで特定されて記載されていることも多いので、労働時間に関する有力な証拠になります。
また、最近ではセキュリティのしっかりした病院も多く、病院への入退室を記録している場合がありますので、病院への入退室記録も証拠として有効です。

まとめ

医療業界にはいまだに残業代という考えが浸透していない現状がありますが、医者(医師)も労働者である以上、労働者として当然の権利である残業代を請求することができます。
残業代請求の手順を紹介しましたが、残業が多く多忙な医者(医師)が自分ですることは、心身の負担が大きいでしょう。
ですから、残業代の請求を考えている医者(医師)の方は、専門家である弁護士への依頼を併せて検討しておくと良いでしょう。