- 移動時間は原則として労働時間に当たらない
- 出張中の残業代請求は、労働時間の把握ができるかが重要!
- 出張手当が支給されている場合でも、残業代を請求できる可能性がある
【Cross Talk】出張の移動時間や実際に働いた時間について残業代を請求できる?
うちの会社では、頻繁に出張があるのですが、経費削減のためなるべく日帰りでと言われているので、早朝に家を出て夜遅くに帰宅することになってしまいます。
やむを得ない場合は宿泊も認められていますが、一泊で終えられるように深夜まで働くことも珍しくありません。
長時間会社のために時間を割いているのですから、残業代を請求できないのでしょうか。
出張に関して残業代を請求できるかどうかは、労働時間にあたるかどうか、労働時間をどのように算出するかが重要になります。
また、出張の際の移動時間は基本的に労働時間には当たらないとされているため、残業代を請求することはできません。
移動時間はダメなんですか…。何とか残業代を請求することはできませんか?
出張の多い職場にお勤めの方の中には、出張中の賃金(残業代を含む)がきちんと支給されているかが気になるという方も多いでしょう。
出張の残業代に関しては、往復の移動時間に残業代が支払われるか、出張先での労働時間をどのように算出するか、出張中に休日があった場合はどうなるのか、出張手当等が支給されている場合に別途残業代を請求できるか等、多くの問題があります。
そこで今回は、出張中の残業代請求について、網羅的に解説します。出張が多い方は、ぜひ参考にしてください。
出張の行き帰りの移動時間は労働時間?
- 移動時間は原則として労働時間にあたらない
- 物の運搬など移動が業務と言える場合、労働時間にあたる
月に数回、遠方への日帰りの出張があり、早朝に家を出て深夜に帰宅することが多いのですが、残業代をもらっていません。
実際に仕事をしていた時間はそれほど長くなくても、仕事のために移動したのに残業代を払ってもらえないんですか?
過去の判例や通達などからは、移動時間は原則として労働時間にはあたらないと考えられるので、移動時間について残業代を請求することはできません。ただし、移動時間でもその時間に具体的な業務指示を受けていた場合などは、例外的に労働時間にあたるといえ、残業代を請求することができます。
出張の移動時間についての残業代の請求が認められるためには、移動時間に労働基準法の規定が適用されること、言い換えれば、移動時間が労働時間にあたることが必要になります。
ここにいう労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるもの」とされています(三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件・最判平成12・3・9民集54・3・801)。
一般的に、出張の移動時間は通常の勤務と比べると自由度が高く、読書をしたり、音楽を聴いたり、スマートフォンを操作したり、あるいは睡眠にあてたりして、自由に過ごすことができる場合が多いでしょう。極端な例を出せば、自宅に直帰する場合に帰りの新幹線等の車内で飲酒するということも可能でしょう。
このようにみると、出張の移動時間については、基本的に使用者の指揮命令下に置かれたとまでは評価できず、労働時間にはあたらないと考えられます。
裁判例でも、移動時間について労働時間制が否定されたものがいくつかあります。
日本工業検査事件(横浜地裁川崎支部判昭和49・1・26労働関係民事裁判例集25・1・2・12)
出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがつてまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。横河電機事件(東京地判平6・1・2労働判例660・35)
移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実勤務時間に当たると解するのは困難である。
もっとも、労働時間にあたるか否かは「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否か」により決められるものですから、移動時間であっても使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができる場合には、例外的に労働時間にあたると考えられます。
たとえば、物の運搬・監視、VIPの護衛、病人の介護など移動そのものが業務と言える場合、移動時間中にすべき作業など使用者が具体的な指示を受けている場合などは、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価でき、例外的に労働時間に当たると考えられます。
特に,上記の判例は,移動中でのパソコン業務がおよそ一般的ではなかった時代のものです。
現代社会においては,パソコン一つでリモートワークができる時代である以上,ネットからの勤怠管理等をすることができれば,移動中であっても労働時間と認められる余地はあると思われます。
出張中の仕事をしているときの残業時間は?
- 労働時間が把握できる場合には実際に残業した時間
- 労働時間の把握が困難な場合には、「事業場外みなし労働制」が導入されていることも
移動時間を除いても、出張先で長時間仕事をしています。この分の残業代は請求できないのでしょうか?
労働時間が把握できる場合には、実労働時間に即した残業代を請求することができます。
ただし、出張先の労働時間の把握が困難であるため、「事業場外みなし労働時間制」が導入されている場合には、実労働時間にかかわらず、所定労働時間労働したものとみなされるので、基本的に残業代を請求することはできません。
出張中に労働した時間について残業代を請求できるかは、労働時間を把握することができるか否かによります。
労働した時間が労働時間となる場合
出張先にある事業所で労働した場合、労務管理をする上司とともに出張をした場合など、出張中であっても労働者の労働時間を把握することが可能である場合、原則どおり実際に労働した時間に即して残業代を計算することになります。
事業場外みなし労働制の場合
出張の際、常に事業所で労働したり、上司が同行したりしているとは限りませんので、出張先での労働時間の把握が困難な場合もあります。
そのような場合には、「事業場外みなし労働時間制」を導入することが考えられます。
事業場外みなし労働時間制とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定められたみなし労働時間だけ労働したものとみなすという制度です。
みなし労働時間制が適用される場合、みなし時間が8時間のときは、実際には8時間を超えて労働したとしても、8時間労働したものとみなされることになりますので、使用者は残業代を支払う必要はありません。
ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要になる場合、その業務の遂行に通常必要とされる時間は労働したものとみなされます。
たとえば、所定労働時間が8時間とされていても、業務の内容などから当該業務を遂行するのに通常10時間かかるという場合、10時間働いたものとみなされるということです。
そうなると、法定の1日8時間を超過した2時間分については、残業代を請求できるということになります。
出張中に休日があったらその日は労働時間になるの?
- 休日に具体的な指示・命令がない場合には労働時間にならない
- 具体的な指示命令に基づいて働いた場合は休日労働になり、休日割増賃金を請求することができる
うちの職場では、1週間以上の出張をすることがあります。休日も家に帰ることはできないのですが、この時間も労働時間に含まれますか?
出張中の休日が労働時間に含まれるかは、使用者の具体的な指示、命令に基づいて労働をしたかによります。
休日に具体的な指示、命令がなく、休息・休養にあてることができるようになっていれば、労働時間にはあたりません。
出張が1週間、あるいは1ヶ月といったようにある程度長期にわたる場合があります。
そのような出張期間中であっても、使用者は労働者に1週1日、あるいは4週4日以上の休日を与えなければならないことに変わりはありません。
ただし、労働者の立場で言えば、自宅にも帰れず、出張先での滞在を続けなければいけないわけですから、休日とはいっても仕事に拘束されていると感じるかもしれません。
しかし、休日に使用者の具体的な指示、命令がなく、自由に休息・休養ができるようになっていれば、使用者の指揮命令下に置かれていたとは評価できないので、労働時間にはあたりません。労働時間に当たらない以上、休日の割増賃金を請求することはできません。
これに対し、休日に使用者の具体的な指示、命令に基づいて業務に従事した場合、使用者の指揮命令下に置かれたと評価できるので、労働時間にあたります。この場合、休日労働をしたことになりますから、休日の割増賃金を請求することができます。
また、この点に関連して、休日に移動のみを行った場合に休日労働とみるかという問題があります。
これについては、出張の移動時間の労働時間性と同様、物品の運搬・監視など具体的な指示がある場合を除き、休日労働として扱わなくてもよいとされています。
東葉産業事件(東京地判平元・11・20労働判例551・6)
原告は、日曜日を利用して出張先から帰ってきたというもので、日曜日に出張先で被告の仕事に従事したものではないことが認められる。
そうだとすると、原告は、休日に労働をした訳ではなく、労働を終えて帰路に就いたに止まるから、かかる休日を利用しての移動には、「休日に労働させた」ことを割増賃金支払の要件とする労働基準法37条の適用はないと解するのが相当である。
このことは、通常の勤務における朝夕の通勤が、労働と密接不可分の関係にありながら、時間内及び時間外のいずれの労働にも含まれないことと同様だからである。
出張手当が支給されている場合に出張手当が残業代とされる?
- 出張手当が時間外手当の代替として明確にされ、実質的に時間外手当の代替として支払われているか
- 時間外手当の代替と言えない場合には残業代を請求できる
うちの会社では出張に行くと出張手当が支給されることになっています。
ただ、出張先での労働が長くなっても残業代は出ません。会社に理由を尋ねると、出張手当に含まれているからと言われました。そういうものなんでしょうか?
出張手当など、各種の手当が残業代(時間外手当)の代わりといえるには、その手当が実質的に時間外手当として支払われていることが必要になります。
時間外手当として支払われているといえない場合には、出張手当等が支給されていても、残業代を請求することができます。
出張に行った場合に、一定額の出張手当を支給する会社があります。
これまで解説したとおり、移動時間が例外的に労働時間に含まれる場合や、出張先での労働時間が長時間に及んだ場合、残業代を請求することができるのですが、会社から、出張の際の残業代(時間外手当)は出張手当に含まれていると反論されることがあります。
しかし、出張手当などの手当に残業代が含まれていると言えるためには、その手当が実質的に時間外手当の代替として支払われている必要があります。
したがって、出張手当の趣旨から、時間外手当を含むものとは認められない場合には、出張手当を支給されていても、残業代を請求することができます。
出張手当が残業代(時間外手当)を含むものであることを否定した裁判例として、次のようなものがあります。
日本コンベンションサービス(割増賃金請求)事件(大阪高判平12・6・30労働判例792・103)
出張日当は宿泊を伴う場合が原則であるが、日帰りの場合でも片道100キロメートル以上で出張時間が8時間以上の場合には半日当を、10時間以上の場合には全日当を支給し、海外出張の場合には国内出張の場合に比べて、2倍を超える日当が支払われることになっており、時間外労働等の規制の対象外の取締役部長等をも支給の対象としているとの事実によれば、出張日当は労働時間という観点よりもむしろ遠方に赴くことを重視しているといえるから、時間外労働に対する割増賃金の性格を持つとするには疑問がある。したがって、これを割増賃金から控除の対象とすべきではない。
まとめ
今回は、出張に関する残業代請求について解説しました。出張の多い職場に勤務されており、残業代が正しく支給されているか不安だという方は、残業代の問題に詳しい弁護士に相談するといいでしょう。