懲戒解雇された場合であっても、残業代請求ができるかについて説明します。
ざっくりポイント
  • 懲戒解雇を受けた場合でも残業代請求は可能
  • 懲戒解雇には厳格な要件がある

目次

【Cross Talk】パワハラ・セクハラで懲戒解雇になっても、未払い残業代は請求できるの?

先生、先日私は、部下に対するパワハラと、女性社員に対するセクハラで懲戒解雇となってしましました。いまでは、大変に反省しておるのですが、残業代の請求を会社にすることは、虫のいい話なのでしょうか。

いえいえ、そんなことはありません。パワハラやセクハラは、倫理的には問題のある行為だったことかもしれません。しかし、会社の業務をこなすために、時間外労働を行った事実関係は、懲戒を受けた場合でも否定されることではありません。懲戒処分を受けたということと、残業代の請求権があることは全くの別問題です。。


なるほど、そうなのですね。懲戒解雇を受けた場合であっても、残業代の請求には影響がないということですね。

懲戒解雇されたのに、残業代を請求するのはわがまま?

懲戒解雇とは、懲戒処分としての解雇であって、最も重い懲戒処分です。そのため、懲戒解雇には厳格な制限があります。

また、懲戒解雇をされたからといって、残業代の請求ができないわけではありません。ここでは、懲戒解雇の説明、懲戒解雇が有効となる要件、懲戒解雇された場合の残業代の請求について、説明いたします。

懲戒解雇って何?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 懲戒解雇は、会社の行う懲戒処分の中でも最も重いものである
  • 懲戒解雇は就業規則にその記載がない事項で行うことはできない

そもそも裁量労働制ってどんな制度ですか?

裁量労働制は、実際の労働時間に関係なくあらかじめ決められた時間だけ労働したとみなす勤務体系です。

懲戒解雇の有効要件

懲戒解雇は会社の行う懲戒処分の中で最も重いものですので、厳格な要件を満たさなければ有効とはなりません。

懲戒解雇が有効であるといえるためには、以下の要件を満たす必要があります。

・就業規則に懲戒事由が規定され、かつ周知されている
・懲戒事由に該当しており、客観的合理性があること
・懲戒処分が社会通念上相当と言えること

これらの要件を満たさない懲戒解雇は、懲戒権の濫用であるとして無効になります(労働契約法15条)。

就業規則に懲戒事由が規定され、かつ周知されている

どのような場合に(懲戒事由)、どのような懲戒がされるか(懲戒の種類と程度)が就業規則に規定されていなければ、会社は懲戒処分を行うことはできません。

そして、就業規則は、「常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知」(太字は筆者)されなければなりません(労基法106条1項)。

「常時各作業場の見やすい場所」との規定のとおり、支店など、各地に営業所がある場合には、その事業所ごとに掲示されていなければなりません。本社での常時掲示などでは要件を充足しません。

また、「見やすい場所」に「掲示」する必要のあることから、上司の引き出しの中に就業規則が保管されており、許可を得なければ閲覧できないといった場合には、周知義務違反と法的に評価される可能性があります。

懲戒事由に該当して、客観的合理性があること

具体的な労働者の行為が、懲戒事由に該当するか、行為の性質・態様に照らして判断されます。

その際、懲戒事由の記載内容が広すぎたり不明確であったりする場合には、その懲戒事由を限定的な意味に捉えなおして判断されることもあります(合理的限定解釈)。以下の裁判例は限定的な意味に捉えなおしたものです。

イースタン・エアポートモーターズ事件:東京地判昭和55・12・15労民31巻6号1202頁
ハイヤー運転手が口ひげを生やすことが、「ヒゲをそり、頭髪は綺麗に櫛をかける」といった規定に違反するかについて、同規定で禁止されたヒゲは「無精ひげ」や「異様、奇異なひげ」のみを指すと解釈し、当該運転手のひげは格別の不快感や反発感を生じさせるようなひげではない、と判断した事件。

また、就業規則などに規定された懲戒規定は、刑法に規定される刑事罰と関係性が類似することから、刑事罰に対する法理が当てはまります。

刑事罰に対する法理類似の原則の一例
一事不再理の原則…同一の事案に対して2回懲戒処分を行ってはいけない。
不遡及の原則…事後的な就業規則の変更による懲戒をしてはならない。

懲戒処分が社会通念上相当であること

「社会通念上相当である」との判断は、懲戒手続が適正な手続に基づいて行われたことと、懲戒事項と対応する懲戒内容が見合ったものであるかという観点で判断されます。

「適正な手続」とは、本人の弁明の機会が与えられたかなどで判断されます。(大企業では、就業規則・労働協約上、労使代表で構成される懲罰委員会の討議を経るなどの手続が取られることもあります。)

懲戒事項とこれに対応する懲戒内容が相当であることは、例えば、遅刻を3回繰り返した場合は、懲戒解雇とするといった内容は、一般に社会的相当性を欠くとして。

懲戒解雇ではなく普通解雇として認められるかの判断もされる

上記のような懲戒解雇要件を満たさない場合であっても、会社側が予備的に普通解雇の意思表示をした場合には、裁判所によって普通解雇の要件(客観的合理性、社会的相当性)を充足しているかの判断もされます。

それも満たさなければ不当解雇となります。不当解雇については別のコラムを参照してください。

懲戒解雇と未払い残業代の支払いは別の問題

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 懲戒解雇と未払い残業請求は別問題である
  • 懲戒解雇された場合であっても、未払い残業代がある場合には請求可能

懲戒解雇については、だいぶ理解できてきたのですが、懲戒解雇と未払い残業代の支払いが別問題といった点がまだ腑に落ちません。セクハラなどを理由に懲戒解雇された場合、感覚的には残業代の請求が許されないのではないのかといった疑問が生じます。

セクハラを行ってしまったといった事実も、何か魔が差してのことかもしれません。誰しも、内容の違いや、物事の大小はあれ、起きうることでしょう。とは言え、懲戒解雇を受けたことで、すなわち残業代の請求が認められないといったことはありません。

解雇されても残業代請求はできる

解雇されたとしても、残業代の請求を行うことができます。その理由は、未払い残業代は、今まで働いた分の債務不履行の部分の賃金を請求するものであるためです。

悪いことをしてしまって解雇されたんだから、残業代は請求すべきではないといった感覚を抱く方もいるかと思いますが、法律的には解雇と残業代請求は別の問題です。

残業代請求に必要な証拠

懲戒解雇された場合であっても、残業代請求のために必要な証拠を集めることには変わりありません。証拠となるものの一例として、就業規則などに記載される労働条件に関する規定と、タイムカードや、勤務日誌などの記録が挙げられます。

就業規則などで労働条件を確認する理由は、みなし残業(固定残業制)などの労働時間の規定を確認する必要があるからです。

仮にみなし残業(固定残業制)についての定めがある場合には、残業代が請求できない場合や、請求が可能な場合でも、残業時間相当分をそのまま請求できるわけではない場合がありますのでご注意ください。

まとめ

いかがでしたでしょうか。懲戒解雇されてしまった場合には、会社に対してばつが悪く、心情としては未払い残業代があった場合でも、請求しづらいかもしれません。しかし、未払い残業代の請求は、ご自身が労働を提供したことに対する正当な対価です。懲戒解雇の事実とは法的には別問題ですので、請求をすることができます。悩んだ場合には、弁護士に相談すると良いでしょう。