工場などの製造業で働く人の未払い残業代請求についてポイントをご説明します。
ざっくりポイント
  • 工場で働く人・製造業ではサービス残業が珍しくない
  • 管理職だから残業代が出ないといった理解は誤解
  • みなし残業(固定残業制)だから残業代がでないといった理解は誤解

目次

【Cross Talk】残業が常態化している製造業では残業代の請求が難しいのでしょうか。

先生、最近、私の工場では人手不足が深刻で、私も日々、10時間程度勤務することが多くなっています。また、他方で、生産性について生産管理部門の担当者から厳しく追及されるため、「改善検討会」などと称して、日常的に業務時間外でのミーティングに拘束されます。

なるほど。近年は、中国や台湾、または、東南アジアなどの国の台頭により、企業は生産性(生産単価)といった側面での競争環境が厳しくなっているようですね。
こうした風潮に人材不足が相まって、現場は日常的に残業をしなければならないようです。
相談者さんの会社での役職はわかりませんが、このように長時間労働が日常化した場合、会社は管理職の地位を設けて残業代を支払わないようにしようとする場合があります。
しかし、このような形式的ないわゆる名ばかり管理職では、残業代支払い義務を免れられないことは、判例法理上明らかとなっています。
また、毎月の賃金のうち、一定のみなし残業代(固定残業代)が支払われているとの主張もよく見かけます。これらの場合には、会社に一定の残業代の支払い義務が認められる場合があります。

なるほど、上長の「固定残業は支給されている」といった主張があったとしても、残業代が請求できる場合があるのですね。やはり、弁護士の先生に相談してよかったです。

未払い残業代請求のポイントとはどういったものがあるのでしょうか。

製造業のおける工場での勤務では、工場の稼働時間でシフト制が敷かれている場合がほとんどでしょう。

しかし、近年の人員不足から、現場では長時間労働により工場稼働を維持しているケースがあり、厚生労働省発表の長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果 (平成29年4月から平成30年3月までに実施)によると、監督指導の行われた、25、676事業場のうち、全体の22.7%(5841事業場)が製造業でした。

このように、製造業の現場は日々悲鳴をあげ、ここで作業に従事する労働者には未払いの残業代が発生している場合が少なくはありません。

ここでは、未払い残業代を請求するポイントについて説明いたします。

製造業で残業代未払いが多い理由

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 製造業では慢性的な人員不足により日常的な残業が生じている
  • 価格競争などのコスト面で厳しいため、労働者の残業代支払いを渋る傾向がある

製造業ではどうして残業未払いが発生するのでしょうか。

製造業では、大手の会社から業務を下請けする場合が多く、こうした場合には、コスト面と生産力の両面において、上からの圧力がかけられることが多くなっています。
他方で、近年では、あらゆる職種の現場で人材不足が発生しており、各職種、会社間で人材の争奪戦となっています。
そのため、製造業における工場を稼働させる人員が恒常的に不足し、結果として、そのしわ寄せが現場の労働者の長時間労働へとつながってしまっています。
しかしながら、こうした会社は、そのさらに上の会社(発注元)や、そうでなくとも、価格競争などの原理が働くため、自分の会社の労働者への残業代の支払いを渋る傾向があります。

製造業で未払い残業代請求する4つのポイント

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代請求は証拠収集から
  • 名ばかり管理職は残業代をもらえる
  • みなし残業(固定残業制)でも要件を満たさない場合や、超過分については残業代をもらえる

私は日常的に残業をしているのですが、会社はまったく意に介さないようで、現状を改善しようとしません。残業代なども支払われていない状態ですので、なんとか、これまでの分を請求したいのですがどうしたら良いのでしょうか。

自分の所属している会社に残業代を請求することは、いくつかのポイントを押さえる必要があります。法的判断が必要となる部分もありますので、迷いが生じた場合には、ぜひ、弁護士にご相談ください。

残業代請求の基礎知識を得る

残業代請求は、まずは、残業時間の計算から残業代を算出して、会社に請求していきます。

残業代請求の流れは、残業代の計算、、証拠収集、会社との交渉へ進みます。会社との交渉の段階で、会社が残業代を支払えば、残業代請求の手続きは完了します。また、弁護士が当初から介入している場合で、かつ、証拠がそろっている場合は、この段階で会社が未払い残業代の支払いに応じるケースも少なくはありません。

しかし、会社が頑として、未払い残業の支払いを拒む場合、労働審判・訴訟と進んでいきます。ただし、訴訟戦略上、いきなり訴訟を提起することもありますし、例えば、支払督促などのその他の請求手段をとる場合もあります。

詳細は「業界的に「サービス残業」が当たり前になってしまっている場合の残業代請求交渉」をご覧ください。

製造業特有の証拠を集める

残業代請求のためには、まず、給与や所定労働時間、実際の勤務時間などの証拠集めが必要です。

製造業特有のものとしては、下記のものがあげられます。

製造業特有の証拠

  • 労働契約書、労働条件通知書
  • 就業規則
  • 業務日誌
  • 給与明細
  • 業務外でミーティングがあった場合には、メールなどのやり取りの履歴

「管理職だから残業代は出ない」は誤解

管理職(作業長、製造ライン長など)だから残業代を支払わないといった反論もよくあります。

このように会社が主張するのは、労基法41条2号の関係で、「監督若しくは管理の地位にある者」、つまり、管理職であれば会社は残業代支払いの義務を免れると考えられるからです。そのため、会社は名目だけの管理職を設定して、その地位に労働者をあてがうことで残業代支払い義務を免れようとすることがあります。

しかし、多くの場合、こうした主張は認められません。簡単に説明しますと、労基法41条2号にいう管理監督者は、その名目ではなく、実質的な労働実態から判断されます。

いわゆる「名ばかり管理職」の場合には、残業代を請求できます。

つまり、実質的に経営に参与する権限があり、会社から労働時間についての裁量権を与えられており、またその地位にふさわしい賃金を得ているなど事情が認められて初めて管理監督者として認められ、会社は残業代の支払い義務を免れることができます。そうでない場合には、管理職の地位を与えられていたとしても、残業代の支払については他の労働者と同一視されます(日本マクドナルド事件:東京地裁平成20.1.28労判953.P10、スタジオインク事件:東京地裁判平成23年10月25日労判1041号P174)。

名ばかり管理職であれば残業代請求できる。詳細は「管理監督者とはどんな立場?「名ばかり管理職」チェックリスト」をご覧ください。

「みなし残業(固定残業制)だから残業代は出ない」は誤解

みなし残業制(固定残業制)という理由で残業代を出せないとの会社の主張は認められません。どんなに残業してもみなし残業だから、みなし残業代(固定残業代:名称は会社毎にさまざまあります)以外は支払う必要がないというのは間違いです。

また、みなし残業代に規定されている時間以上は、事実上、労働記録につけない(タイムカード、勤務日誌等)といった取り扱いも違法です。会社は労働者の労働時間を管理する法律上の義務があります(改正労働安全衛生法66条の8、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条等)。

みなし残業(固定残業制)の要件
まず、みなし残業が個別の合意か、就業規則で定められ、かつ就業規則が周知される等することで、労働契約の内容となっていることが必要とされます。賃金の支払いという労働者にとってもっとも重要な事項に関することですから、労働契約の内容になっていることが求められるのです。

次に、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分とが明確に区別されていることが必要とされます。この区別ができないと、割増賃金の支払いを義務付けた労基法37条の脱法行為が可能になってしまうからです。

また、当然に、超過した残業時間分の残業代請求は可能です。

みなし残業みなし残業(固定残業制)の要件は厳格です。詳細は「固定残業制(みなし残業)とはどんな制度?残業代請求に必要な基礎知識を解説」をご覧ください。

まとめ

製造業の現場はその特性上、時間当たりの生産性などが常に問われて、かつ、多くが下請けや孫請けなどの関係から、会社が残業代の支払を渋る場合が少なくはありません。また、製造ラインを止めるわけにもいかないことから、なんとなく、自分だけ退勤するといった行動が雰囲気として困難な場合も多いでしょう。いずれにしても、こうした事情などから会社との交渉は難しいことが予想されるため、あらかじめ、弁護士に相談すると良いでしょう(弁護士をお探しの方は「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」を参考にしてみてください。)。