働き方改革法に対する中小企業の認知度、小さな会社で働く労働者が未払い残業代を支払ってもらう方法などを解説します。
ざっくりポイント
  • 中小企業は大企業よりも残業時間が多い傾向
  • 働き方改革法により労働者の権利が厚く保護される一方で、中小企業の経営姿勢が厳しく問われるようになった
  • 中小企業で働く人でも残業代は当然支払ってもらえるが、会社が倒産したような場合には「未払賃金立替払制度」を使うと良い

目次

【Cross Talk】働き方改革法はどんな影響がある?

この間ニュースで働き方改革法のことを知ったのですが、私の職場のような零細企業にも関係あるのでしょうか?

働き方改革法は大企業だけでなく中小企業にも適用されます。ただ、中小企業経営者の中には今回の改正内容をあまり理解していない人も多いようですね。

それはちょっと心配ですね……。

働き方改革法は中小企業にも適用されます!

残業しているけれど中小企業だと残業代はもらえない?
2019年4月から施行された「働き方改革法」により、労働者の権利および使用者の義務の内容が大きく改正されました。主な改正内容は「時間外・休日労働時間の上限規制」、「高プロ制度の導入」、「パートタイマーの待遇改善」、「残業代の割増率の大幅アップ」などです。
改正法によって中小企業労働者の権利はかなり厚く保護されるようになりますが、他方で同法に対する使用者の認識は低いままです。

そこでこの記事では、働き方改革法の中小企業への実施をふまえて、「残業代を会社に請求する方法」のポイントを改めて解説していきます。会社が倒産してしまった場合に活用できる残業代の立替払い制度についても紹介しますので、中小企業で働いている方はぜひ参考にしてみてください。

・中小企業における残業の実態について
「残業が多いのは大企業?」「中小企業だから残業は関係ない?」そのように考えているとしたら大きな誤解です。中小企業の中にこそ、慢性的な長時間の残業がはびこっているという現実があります。

残業代請求におけるリスク

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業時間の月平均は37時間
  • 小さい会社ほど残業時間が増える傾向にある
  • 大企業が面倒な仕事を下請けに投げることで中小企業労働者の残業時間が増える傾向にある
  • 働き方改革法に対する中小企業経営者の認識はとても低い

「長時間の残業」というと中小企業よりも大企業に多いというイメージがあります。

それはきっと、長時間労働や未払い残業代に関するニュースで大企業がよく登場するからでしょうね。現実には中小企業のほうが残業が多いことが、国の統計でも明らかになっています。

国内企業の平均残業時間は?

OpenWork社が約6万8000件の口コミに基づき行った調査(調査レポートVol.4)によると、国内企業全体における1ヶ月の平均残業時間は「約47時間」だそうです。毎月の勤務日数を「月曜〜金曜×4週間=20日間」と仮定すると、1日に平均2.4時間程度の残業をしていることになります。

長時間労働は大企業よりも中小企業のほうが多い

とはいえ、上記平均残業時間の数字では「企業の規模」は考慮されていないため、企業の規模によって労働者の残業時間がどう変化するまでは分かりません。

そこで次に、国が公開している「平成31年就労条件総合調査」を確認してみましょう。

同調査内の1項目「実際の終業時刻から始業時刻までの間隔(=就業時間の間隔)が11時間以上空いている労働者の状況別企業割合」を見ると、次のようになっています。
出典:厚生労働省「平成31年就労条件総合調査〜労働時間制度(7頁)」
就業時間の間隔が11時間以上空いている労働者が「全くいない」という割合(赤枠内)が、従業員数1,000人以上の企業の場合は5.8%であるのに対して、30〜99人の企業の場合は12.2%に達しています。

もっとも、就業時間の間隔が11時間以上空いている労働者が「全員」という割合をチェックしてみると(青枠内)、企業規模が小さいほど増える傾向が見て取れます。

これら2つの数字は矛盾するように思えますが、必ずしもそうではありません。

中小企業の大半は大企業よりも事業規模が小さいため、労働基準法を遵守する真っ当な企業であれば労働時間は大企業よりも短くなるはずです(この傾向を示しているのが図表の青枠部分)。

しかし小さな会社の場合、労働者と経営者との距離が近いために、「経営者はつい安易な気持ちで従業員に対して残業を強いてしまい、労働者も社長からの依頼なのできっぱり断ることができない」という悪循環に陥りがちです(この傾向を示しているのが図表の赤枠部分)。

「中小企業の場合、従業員の多くは平均的な労働時間であるが、法を軽視する一部企業においては長時間労働が常態化し、その傾向は小さい会社ほど強くなる」と言えるのかもしれません。

大企業の働き方改革のしわ寄せが中小企業の残業に?

2019年4月から施行された働き方改革法により、大企業の経営者は「賃金の安い労働者を使って、効率よく利益を出す」ということが難しくなりました。その結果,大企業は、長い労働時間を要する面倒な仕事を下請けの中小企業に丸投げするようになっています。

仕事をもらう立場である中小企業は、「仕事が有るだけマシ」と考えますので、多少の無理を押してでも上からの仕事を引き受けます。そのため中小企業の従業員の残業時間が増えてしまうケースもあります。

もちろんすべての大企業が下請けに仕事を丸投げしている訳ではありませんが、働き方改革法に対応するため、やむを得ず丸投げに走る大企業は今後も増え続ける可能性はあります。

小さな会社の経営者には「うちのような零細企業は上からの仕事は断れない。従業員の残業が増えるのもやむを得ない……」と悩んでいる方も多いでしょう。しかし、だからといって長時間の残業を放置していい理由にはなりません。

働き方改革法は中小企業にも適用されます。中小企業であることを理由に、従業員に無理な残業を強いることは許されないのです。

中小企業の認識が甘い働き方改革関連法

日本・東京商工会議所が中小企業を対象に行った調査で、「働き方改革法に対する中小企業の認識の甘さ」が明らかになっています。

〈図解・中小企業の「働き改革法」の認知度〉
(出典:日本・東京商工会議所「働き方改革関連法への準備状況等に関する調査 集計結果について」

ご覧のとおり、「時間外労働の上限規制(中小企業への施行時期は2020年4月)」について、「内容を知らない」と回答した中小企業は39.3%にのぼっています。同様に、「年次有給休暇の取得義務化」については24.3%、「同一労働同一賃金」にいたっては47.8%もの中小企業が内容を把握していません。 

労働者の権利に直接かかわる改正ですらこの状況ですので、その他の改正内容については惨憺たる状況です。「月60時間超残業に対する50%以上の割増賃金支払」は51.7%、「労働時間管理簿の作成義務」は53%、そして新聞やテレビなどで比較的多く報道されてきたはずの「高度プロフェッショナル制度」は64.9%もの中小企業が「知らない」と回答しているのです。

この調査結果からは、日本の中小企業経営者の考え方が「会社ファースト、従業員セカンド」であることがうかがえます。
しかし、たとえ中小企業でも、またどんなに会社の経営状態が苦しくても、正当な残業代をもらう権利は認められています。労働者の皆さんは、「残業代がきちんと支払われていないのでは?」という疑問を持ったなら、次の見出しで紹介する方法を参考にして、正々堂々と残業代を請求してください。

中小企業でも残業代の請求はできる?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 中小企業の労働者であっても残業代は当然支払ってもらえる
  • 働き方改革法によって「月60時間超残業に対する50%以上の割増賃金支払」は中小企業にも適用されることになった(ただし2023年4月から)
  • 未払い残業代を会社に請求するには、「証拠収集」「残業代計算」「会社との交渉」という3つの手順を踏む

これまでサービス残業やサービス出勤を行ってきた会社員は、会社が中小企業であっても残業代の請求をできるのでしょうか?

残業代は時間外労働に対する正当な対価として法律が認めた権利です。会社が中小企業か大企業かにかかわらず、請求できて当然ですよ。

中小企業でも残業代を支払うのは会社の義務

労働法が適用される会社である以上、大企業か中小企業かにかかわらず、「従業員に対する残業代の支払い」は法律上の義務です。

残業代に関して特に注意したいのが「月60時間を超える残業」です。この場合、使用者は労働者に対して、通常賃金を50%以上割増しした残業代を支払う必要があります(労働基準法第37条1項但書)。

従来このルールは中小企業への適用が猶予されてきたのですが、今回の働き方改革法により猶予が撤廃されました。とはいえ、いきなり50%割増しの残業代を用意するのは大きな負担となることから、準備期間を考慮して実施時期が2023年4月まで延長されています。

2023年4月の新法実施後は、違反行為について一切弁解できなくなります。悪質なケースには厳しい罰則が科されますので、経営者の皆さんは十分に注意してください。

未払い残業代の請求方法

未払い残業代を会社に請求するには次の3つの手順を踏みます。
(1)残業時間の証拠を集める
残業代を請求するためには、次に挙げる3種類の証拠が必要です。
・ 所定労働時間に関する証拠(就業規則など)
・ 実際の労働時間が分かる証拠(タイムカードの記録など)
・ 残業中の業務内容が分かる証拠(残業を指示した上司のメールなど)

(2)割増率をふまえた正確な残業代を算出する
集めた証拠に基づき実際の残業時間をはじき出し、会社に請求すべき残業代を正確に算出します。特に割増率の計算については注意が必要ですので、「【図解】残業代の計算に必要な時間単価の「割増率」とは?」も合わせてご覧ください。

(3)会社と交渉する
会社に残業代を請求する時は、相手方の言動に惑わされないよう、周到に準備をした上で、冷静に交渉する必要があります。もし自力で交渉する自信がない場合は、弁護士などの専門家に依頼するのがおすすめです。弁護士への依頼の仕方を知りたい方は、「未払い残業代請求について弁護士の探し方や相談の仕方とは?」をご覧ください。

会社が倒産した場合はどうすればよいのか?

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 残業代が未払いのまま会社が倒産したとしても、未払賃金立替払制度を利用すれば一定額を支払ってもらえる
  • 未払賃金立替払制度を利用するには、一定の要件を満たした上で、労働者健康安全機構に申請する必要がある
  • 労働者健康安全機構によって立替払いを受けられるのは、残業代の8割まで

 残業代をいざ請求しようとした段階で急に会社が倒産したら、一体どうすればいいのでしょうか?

未払賃金立替払制度を利用すれば、会社に代わって残業代を支払ってもらえる可能性があります。この制度はほとんど知られていませんので要チェックですよ!


規模の小さい会社だと、資金繰りの悪化などが原因で、突然倒産してしまうことがあります。もしその時点で未払いの残業代があった場合、正攻法で会社に請求しても支払ってもらうことは期待できません。

このような場合に、公的機関が未払い残業代を一部肩代わりしてくれるのが「未払賃金立替払制度」です(本制度については「会社が倒産しても未払い残業代請求できる方法」も合わせてご覧ください)。

未払い残業代を保障する制度

未払賃金立替払制度は、会社が倒産したために、賃金の支払いを受けられないまま退職することになった労働者を対象として、未払賃金の一部を国の機関が使用者に代わって立替払いするという制度です。

本制度の主体である独立行政法人労働者健康安全機構は、労働者の健康と安全の確保を目的として平成14年に設立されましたが、元々は昭和20年代から運営されている全国の労災病院が母体となっています。

昭和51年7月に創設されて以来、未払賃金立替払制度は労働者の権利を守るために活用されてきましたが、知名度があまり高くないため、利用するチャンスを逃している労働者も多いのが現実です。

そこで以下では、本制度の利用方法について詳しく説明していきます。「未払い残業代があるのに会社がつぶれそう……」と悩んでいる方はぜひ参考にしてください。

未払賃金立替払請求を行う方法

本制度を利用するには、以下の要件を満たす必要があります。「法律上の倒産」と「事実上の倒産」に分けて説明します。

〈法律上の倒産の場合〉
法律上の倒産とは裁判所の手続による倒産のことで、破産・特別清算・民事再生・会社更生の4つを指します。これらの原因により会社が倒産した場合は、以下の要件を満たすことで未払い賃金の立替払いを受けることができます。
(1)破産管財人等によって、事業主(法人・個人は問わない)が法律上の倒産状態にあることおよび未払い残業代の金額について証明を受けていること
(2)1年以上継続して雇用されていたこと(パートやアルバイトでも可)
(3)裁判所または労働基準監督署に対して倒産の申立て等が行われた日(X)の6ヶ月前(A)を起点として、その2年後(B)までに退職していること(下図参照)
(図解・未払賃金立替払制度の対象となる労働者の範囲)

(4)労働者健康安全機構に対して、倒産手続開始の日または倒産状態認定の日の翌日から2年以内に立替払いの請求書を提出していること
〈事実上の倒産の場合〉
事実上の倒産とは、使用者の支払能力が破綻している場合で、手形不渡りが原因で銀行取引停止となった場合や事業廃止の清算活動を行っている場合などがこれに当たります。事実上の倒産の場合、以下の要件を満たすことで未払い賃金の立替払いを受けることができます。
(1)労働基準監督署長によって、事業主が事実上の倒産状態にあることおよび未払い残業代の金額について認定を受けていること
(2)〜(4)「法律上の倒産」と同じ。

〈立替払いの対象となる残業代の限度額〉
立替払いの対象となる残業代は、「退職日の6か月前から立替払い請求の日の前日までに支払期日が到来している賃金」に限られます。また未払い残業代の全額が立替払いされるのではなく、8割が上限となります。
以下のとおり、退職日の年齢によって本制度の対象となる残業代総額や実際に立替払いしてもらえる上限額が変動することに注意しましょう。
(図解・退職時の年齢と立替払いされる金額)

まとめ

2020年以降は中小企業も働き方改革法の対象となる結果、残業代をはじめとする労働者の権利がこれまで以上に厚く保護されるようになります。労働者の皆さんの中には、「会社にはお世話になっているから、残業代のことをあまり強く言えない……」と悩んできた方も多いのでは?しかし、もはやそのような控えめな態度が尊ばれる時代ではありません。「残業代請求を会社に交渉する方法」や「会社に対する未払い残業代請求で、自分で出来ること」なども参考にしながら、正々堂々とご自分の残業代を請求しましょう。