タイムカードを押した後の残業についての残業代やリスクについて解説します!
ざっくりポイント
  • タイムカードがある場合はタイムカードで出勤の有無、実労働時間が推定される
  • より客観的・合理的な証拠が他にある場合は、その証拠によって出勤の有無、実労働時間が認定される
  • タイムカードを押した後に残業することには予期しないリスクもある

目次

【Cross Talk】タイムカードを押した後に残業しても残業代を支払ってもらえる?

私の会社では、実際に退勤する時間に関係なく、終業時間にタイムカードを押すよう指示されています。
タイムカードを押した後に働いても残業代をもらえないのですが、これっておかしくないですか?

タイムカードがある場合、労働時間は基本的にタイムカードの記録から推定されます。あとでタイムカードを押した後に残業したと言っても、なかなか労働時間と認められません。
また、労働時間と認められなければ、その間にけがや病気をしても労災が下りないという事態になりかねません。
ただし、タイムカードのほかに客観的・合理的な証拠がある場合、その証拠から残業が認定される可能性はあります。

やっぱり基本はタイムカードで決まるのですね…タイムカードを押したら帰るようにします!

客観的・合理的な証拠があれば残業代を請求できる!

残業代を計算・請求するには実労働時間を把握することが必要になりますが、その際の有力な証拠になるのがタイムカードです。
ところが、いわゆるブラック企業では、それを逆手にとって、定時にタイムカードを押させた後に残業させたり、上司がタイムカードを管理して打刻したりして、残業代を支払わないという扱いがいまだに横行しているようです。
そこで今回は、タイムカードを押した後に残業をした場合の残業代請求や法的リスクについて解説します。

タイムカードを押して残業するケースとは

知っておきたい残業代請求のポイント
  • タイムカードの設置は義務ではない
  • タイムカードを押したら帰るのが基本

タイムカードを押してから残業するケースとは、どのような場面で発生するのですか?

定時にタイムカードを押すよう指示されているとか、ひどい場合には上司がタイムカードを管理して打刻しているなど、労働者の意思によらないケースが多いでしょう。
ブラック企業では、残業代の支払いを抑えるために、そのような指示や取り扱いをすることが珍しくないのです。

原則、タイムカードを押したら帰る

タイムカードは、出勤・退勤時に打刻することで労働時間を管理するためのツールです。
タイムカードの設置は法律上の義務ではありませんが、労働時間を管理するためのもっともポピュラーなツールであり、労働時間の有力な証拠になります。

タイムカードを打刻した時刻に出勤・退勤したものと扱われる可能性が高いので、タイムカードを打刻したら実際に帰るのが基本です。

タイムカードを押して残業する具体例

タイムカードを押して残業する具体例としては、

・残業をしてもタイムカードは定時で打刻するように指示される
・タイムカードを上司に管理されており、打刻も上司が行っている
・残業時間数に関係なく一定の残業代のみが支払われている

などといったものが考えられます。

つまり、残業代を抑えるなどの目的で上司の指示に基づいて労働者が打刻したり、上司自身が打刻したりしているものであって、労働者自身の意思でタイムカードを打刻して残業しているわけではないケースが多いといえます。

タイムカードを押してから残業した訴訟の判例

知っておきたい残業代請求のポイント
  • タイムカードより客観的・合理的な証拠があればその証拠によって残業時間を認定できる
  • 残業代の他に付加金の支払いが命じられたケースがある

これからはタイムカードを押したら帰るようにします。
ただ、今までタイムカードを押した後に残業した分の残業代はどうすることもできないのですか?

そんなことはありません。
タイムカードは残業時間の有力な証拠といえますが、他の証拠によって残業時間を証明することができれば、残業代を請求することが可能です。実際にタイムカード以外の証拠で残業時間を認定した裁判例をご紹介しましょう。

訴訟の経緯

タイムカードの記録以外の証拠から出勤の有無や実労働時間を認定した著名な裁判例として、プロッズ事件(東京地裁平成24・12・27労働判例1069・21)があります。

この事件の争点は多岐にわたりますが、残業との関係で言えば、商業デザイン制作会社でグラフィックデザイン業務に従事していた労働者が、


・タイムカードに押された時刻以降にした残業(時間外労働)
・タイムカードを押さずにした休日出勤

について、割増賃金等を請求した事案です。

下された判決

裁判所は、基本的な考え方として、「本件のように使用者がタイムカードによって労働時間を記録、管理していた場合には、タイムカードに記録された時刻を基準に出勤の有無及び実労働時間を推定することが相当である。ただし、上記推定は事実上のものであるから、他により客観的かつ合理的な証拠が存在する場合には、当該証拠により出勤の有無及び実労働時間を認定することが相当である。」との判断を示したうえで、出勤日や出退勤時刻を次のとおり認定しました。

・出勤日
合計13日分について、タイムカード上に出退勤時刻の記録がないものの、パソコン上にデータ保存記録(タイムスタンプ)が残されていることから、出勤したものと認める

・出勤時刻
タイムカードに「直行」と手書きされているものは始業時刻の午前9時30分とみなし、それ以外の場合はタイムカードの記載時刻による。
上記のタイムカードに記載のない出勤日については、保存されたデータの多くがグラフィックデザインであり、同時に作業を進めなければならない業務点数が多く、変更や習性も多いなどの業務の特徴があることにかんがみ、遅くともその日の最初のデータ保存記録(タイムスタンプ)から2時間さかのぼった時刻には出勤していたものと推認することが相当である

・退勤時刻
退勤時刻は、基本的にはタイムカード記録時刻により、それを超えて労務を提供していたことを認めるに足りる客観的な証拠がある場合はそれにより認定することが相当である。具体的には、パソコン上のデータ保存記録(タイムスタンプ)及びメール送信記録に照らし、タイムカード記録ではなく、最終のデータ保存記録またはメール送信時刻に退勤したものと認めることが相当である。

このように、グラフィックデザインという業務の性質上、パソコンに客観的な記録が残ることから、タイムカードに記録のない出勤日やタイムカードを打刻した後の退勤が認められたのです。
この事件の判決は、結論として、未払賃金804万1501円の支払いを命じるとともに、付加金800万円の支払いを命じました。

付加金とは、割増賃金等の規定に違反した使用者に制裁として支払義務が課されるもので、裁判所は、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払いを命じることができるとされています(労基法114条)。

裁判所が支払を命じることができると規定していることからすると、付加金の支払請求については、使用者による労基法違反の程度や態様、労働者が受けた不利益の性質や内容、前記違反に至る経緯やその後の使用者の対応などの諸事情を考慮してその支払の可否及び金額を検討するのが妥当とされています(松山石油事件・大阪地裁平成13・10・19労働判例820・15)

つまり、付加金の支払いを認めるかどうかや、認める場合の額は裁判所の裁量ということになりますが、プロッズ事件の判決は、「訴訟に表れた一切の事情を考慮」して、未払賃金額とほぼ同額の800万円の支払いを命じたのです。

また、タイムカード等の証拠がない場合は「タイムカード等の証拠がない場合の残業代請求方法」で解説していますので、気になる方はご参照ください。

予期しないリスクが発生する可能性がある

知っておきたい残業代請求のポイント
  • 労災が下りない可能性がある
  • 違法行為に加担するおそれがある

タイムカードを押した後の残業には、残業代以外に問題になることはありますか?

まず考えられるのが、労働時間として認められないことで、労災が下りなくなる可能性があるということです。
また、使用者がタイムカードを押させた後に残業をさせて残業代を支払わないのは違法ですから、違法行為に加担することにもなりかねません。

事故で怪我をしても労災が下りない!?

タイムカードを押した後に残業したとしても、タイムカードの他に、より客観的かつ合理的な証拠がなければ、タイムカードによって出退勤時刻が認定されることになります。

そのため、タイムカードを押した後に残業をしている間に生じた怪我や病気については、仕事中に生じたものとは認められず、労

災が下りない可能性があるのです。

労災が下りなければ、治療費等は自己負担になりますし、労災から休業補償を受けることもできません。

違法な行為に加担する可能性もある

上司がタイムカードを打刻した後に残業するよう指示し、これによって使用者が残業代の支払いを免れようとすることは、残業代の支払いについて定めた労基法37条違反になります。

上司に逆らえず、やむを得ずにしたと思うかもしれませんが、誰もがそのような指示に従う状態が続けば、それが会社の伝統、風土になってしまいます。
タイムカードを押した後の残業を強いられていた労働者も、勤務を続ければいずれは昇進して管理職になるということがあるでしょう。

そうなると、今後は自分が部下に残業を強いる立場になり、使用者の違法行為に加担することになる可能性があるのです。

まとめ

このように、タイムカードを押してから残業することは、残業代をもらえないだけにとどまらず、労災が下りないおそれがあるなど、リスクを伴う行為であるという認識を持ちましょう。
もし、タイムカードを押してから残業することが会社の風土や規則のようなものになっているのであれば、
将来予期せぬトラブルに巻き込まれる可能性があります。
早めに専門家に相談し、会社に対して改善を求めるとか、退職して未払残業代を請求するといった対処法を検討することも解決策の一つと言えるでしょう。