- 残業代は給与なので所得税がかかる。
- 過去の残業代をまとめて受け取った場合、確定申告を修正しなければいけないことがある。
- 社会保険料も過去にさかのぼって計算しなおす必要がある。
【Cross Talk 】会社に未払い残業代を請求したい!そのとき所得税や社会保険はどうなる?
先日、5年間務めた会社を退職いたしました。私が勤めていた会社はいわゆる「ブラック企業」で、入社当時から長時間の時間外労働をしていたにもかかわらず残業代は一切支払われていませんでした。私は過去に遡って会社に残業代を請求することができるのでしょうか?
時効の問題がありますので全額を請求することはできませんが、時効にかかっていない未払い残業代を請求することは可能です。時間外労働を行ったときに残業代を支払ってもらうことは労働基準法によって労働者に認められた権利です。
未払い残業代を請求する際には会社と交渉を行い、場合によっては裁判を提起する必要がある場合もありますので、弁護士に依頼することをおすすめいたします。
全額ではないとはいえ、過去の分についても請求が可能だと聞いて安心しました。しかし、一つ心配なことがあります。もし未払い残業代の支払いを受けることができた場合、受け取ったお金には所得税がかかるのでしょうか?それとも退職所得、あるいは雑所得といった扱いになるのでしょうか?また、社会保険料についてはどうなるのでしょうか?
労働基準に基づく残業代を支払わない「ブラック企業」が社会的な問題となり、従業員による未払い残業代の請求が増えています。そこで忘れてはいけないのが、所得税や社会保険の計算です。未払い残業代請求は、本来であれば過去に受け取っていたはずのお金をまとめて会社に支払ってもらう手続です。
したがって、所得税や社会保険の計算も本来受け取るべきだった時に遡ってやり直す必要があるのが基本的な考え方です。
残業代請求したら所得税がかかるのか
- 未払い残業代は過去分が一括で支払われた場合であっても所得税の課税対象となる。
- 未払い残業代が支給される前の給与所得ですでに確定申告が行われている場合には、修正申告が必要となる。
- 一括で支払われた未払い残業代を退職金として扱うと脱税とされる可能性もあるので注意する。
まず、未払い残業代を受け取ったときの所得税の扱いについて教えていただけますでしょうか。
未払い残業代というのは本来であれば残業をしたその月に支払ってもらうべきだったお金です。つまり労働の対価であり、給与の一種であるということになります。したがって、未払い残業代を受け取ったときには給与所得となり、所得税の課税対象となります。
退職後にまとめて受け取ったとしても給与として税金の計算を行うということですね。もう少し詳しく教えてください。
残業代は給与であるので所得税の対象に
会社を退職後、あるいは在職中に未払いとなっていた残業代がある場合には、未払い分の残業代に遅延損害金を付して会社に請求することができます。会社が任意の支払いに応じないなど交渉が必要な場合には弁護士に依頼することによって回収が期待できますが、労働基準監督署の指導などにより会社が自主的に過去の未払い残業代を支払うこともあります。
残業代は発生した時期によって2年または3年の時効にかかりますので、すでに時効が成立した分については請求することができませんが、それでも過去の分の残業代をまとめて請求すると高額になることがあります。
では、残業代は所得税の課税対象となるのでしょうか。
所得税は個人の所得に対してかかる税金で、1年間の全ての所得から所得控除を差し引いて課税所得を計算し、そこに税率をかけて税額を算出します。
未払い残業代請求する場合、1年以上前に受け取るべきだった給与を一括で受け取ることになりますので、通常の給与とは異なるように感じられるかもしれません。退職後に請求する場合にはどちらかといえば退職金に近いようにも思われます。
しかし、一括で請求したとしても残業代はあくまで給与ですので、本来過去に受け取るべきだった給与をまとめて受け取ったという扱いになり、所得税の課税対象となります。
修正申告する
例として、2020年4月に過去2年分(2018年4月から2020年3月分まで)の残業代を請求した場合を考えてみましょう。
この場合、2018年4月から12月分の残業代は2018年、2019年1月分から12月分の残業代は2019年に本来受け取るべきだった給与となります。2018年と2019年に確定申告をしていた場合には、税額を実際よりも少なく申告していたことになりますので、これを修正する必要があります。
確定申告期限内であれば改めて申告書を作成し、確定申告期限までに提出すれば問題ありませんが、2年前の残業代を受け取った場合にはすでに確定申告期限を徒過しているため、所轄税務署長に申告書を提出することにより修正申告を行い、変更後の税額とすでに納付した税額の差額分を新たに納付する必要があります。
また、過去の未払い賃金を請求する際には併せて遅延損害金を請求することができます。遅延損害金とは支払いが遅れたことに対する損害を補填するための金銭をいいます。遅延損害金は給与ではありませんので給与所得ではなく、雑所得に分類されます。
年末調整が可能であれば確定申告は不要
以上に説明した手続は、年末調整による処理が可能な場合には必要ありません。
たとえば、在職中の2020年8月に過去半年分の未払い残業代を受け取る場合には、同年の年末に会社が行う年末調整によって処理されますので、労働者自身で修正申告を行う必要はありません。
2020年8月に過去半年分の未払い残業代を受け取ってそのまま他の会社に転職した場合、前の会社から源泉徴収票を受け取り、これを転職後の会社に提出して年末調整の手続を行いますので、やはり修正申告は必要となりません。
ただし、ダブルワークをしており給与所得以外に事業所得などがある場合や、一時所得や雑所得がある場合などには、別途確定申告が必要です。
退職金で処理をすると脱税と扱われる可能性も
過去の未払い残業代を退職時にまとめて受け取った場合、つい退職金として税金の処理をしてしまいたくなるかもしれません。
しかし、退職により会社から受け取る退職金や一時金などは税法上「退職所得」という分類になり、通常の賃金や賞与、残業代などの給与所得とは区別されます。退職所得は給与所得と比べて税率が優遇されているため、過去の残業代を退職金として処理すると本来納付すべき税率より低い税率で計算することになってしまいます。
最悪の場合は脱税と扱われてしまうおそれもありますので、過去の残業代は必ず給与所得として処理するようにしましょう。
和解金として残業代相当額が支払われた場合
未払い残業代を精算する際に、過去の未払い残業代を一括で支払うという形ではなく、和解金を支払うという形で解決されることもあります。つまり会社が従業員に残業代に相当する金額を和解金として支払う代わりに、従業員が会社に対して有している残業代の債権はないものとする、という解決方法です。
この場合、会社が支払う解決金は従業員が過去に働いたことに対する対価ではありませんので、給与所得ではなく、雑所得や一時所得として扱われます。
残業代請求をした場合の社会保険料の処理
- 社会保険料には社会保険と労働保険の2種類があり、それぞれ給与の支払い時に控除されることがある。
- 未払い残業代が一括で支払われた場合には社会保険料の精算が必要な場合がある。
通常の賃金は社会保険料が控除されて私たち従業員に支払われますが、未払い残業代はどうなりますか?
繰り返しになりますが、未払い残業代請求はあくまで本来であれば残業をしたときに受け取るべきだった給与を、事後的に一括で支払ってもらう手続です。したがって、本来支払われるべきだった年月日に支給がされたとみなして社会保険料の計算を行うのが原則です。
過去に遡って計算をし直す必要があるのですね。詳しく教えていただけますでしょうか?
・社会保険料は社会保険と労働保険の2つに分けられます。
・社会保険には厚生年金保険、健康保険、介護保険があり、労働保険には労災保険と雇用保険があります。
・社会保険料は報酬月額に応じて設定された標準報酬月額に保険料率を掛けることで算出されます。
この報酬月額には、通常の賃金だけでなく残業代も含まれます。過去に支払われるべきだった賃金がまとめて支払われた場合には、本来支払われるべきであった年月日に支給がされたとみなした場合に標準報酬月額の修正が必要だったかどうかを検討する必要があります。
修正が必要な場合には修正の届出を行い、標準報酬月額が変更になったときには差額を計算して過不足額を精算する必要があります。
一方、労働保険料は4月から翌年の3月までを1年度として計算が行われます。過去の未払い残業代が一括で支払われた場合には、支払われた残業代がどの年度に対応するものなのか確認し、各年度について修正が必要かどうか確認を行います。
労働保険料の算定には労災保険料率が使われ、労災保険料率は3年ごとに見直しが行われます。また、雇用保険料の算定には雇用保険料率が使われ、雇用保険料率は適宜見直しが行われます。したがって、残業代を支払う期間内に保険料率の見直しが行われている場合には再計算が必要となります。
労災保険の保険料は会社が全額を負担しますが、雇用保険料については労働者にも一部負担があるため、労働者が負担する分についても精算が行われます。
以上が原則的な手続ですが、処理が煩雑になることを避けるため、実務上は会社と従業員の合意のもとで未払い残業代を支払った月の賞与として扱い、社会保険料を算出することもあります。
まとめ
このページでは残業代請求によって所得税・社会保険はどうなるか解説いたしました。
残業をした従業員が割増賃金を受け取るのは労働基準法で定められた当然の権利ですが、未払い賃金を受け取るときには税金の申告や社会保険料の処理を必ず行わなければなりません。これらの手続においては時に複雑な計算が必要になりますので、未払い残業代の請求を依頼した弁護士に依頼することをおすすめいたします。