発信者開示請求の仮処分と訴訟について
インターネットにおいて誹謗中傷や名誉を毀損する内容の投稿を行った者に対して、対抗措置として削除を求める・損害賠償をする・刑事告訴や被害届の提出を行う場合、問題となるのが相手の特定です。
特に、裁判を起こす場合には、相手の氏名・住所がわからなければ、裁判の起こしようがなく、刑事告訴等においても不利になります。
そこで相手の特定のために行うのが発信者情報の開示を求める仮処分なのですが、どのような手続きで、行うに当たってはどのようなポイントがあるのでしょうか。
またその後の訴訟の手続きはどのようになるのでしょうか。
このページでは、発信者情報開示の仮処分と訴訟について説明します。
目次
相手の特定の方法と発信者情報開示の必要性
まずは、どうして発信者情報の開示が必要なのか、相手の特定の方法と併せて確認しましょう。
相手の住所の特定は民事裁判の提起に不可欠
相手の住所の特定は民事裁判の提起には不可欠です。
誹謗中傷・名誉毀損の投稿をインターネット上にされた場合、その削除や損害賠償を巡って民事裁判を起こす方法があります。
民事裁判を起こすためには、相手の住所に訴状の送達を行う必要があります。
そのため、相手の氏名・住所の特定が必要なのです。
インターネットトラブルでは相手の氏名・住所がわからない
誹謗中傷や名誉毀損など、インターネット上でのトラブルにおいては、相手の氏名・住所を特定できることは稀です。
SNSやインターネット掲示板では、匿名やハンドルネームなど氏名を名乗らないで利用をすることができるので、相手の氏名・住所は分からないことがほとんどです。
また、実名制のSNSや匿名で利用できるSNSでも実名で利用している人もいますが、この場合でも住所の特定まではできないことが多いです。
そのため、そのままでは氏名・住所が分からず、民事訴訟の提起などができません。
コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダが相手の特定に必要な情報を保有している
相手の氏名・住所を特定するために必要な情報については、コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダが保有しています。
コンテンツプロバイダとはインターネット掲示板の開設者やSNSの運営元のことをいい、アクセスプロバイダとはインターネットに接続するサービスを提供する事業者のことをいいます。
インターネット掲示板の利用にあたって本人確認が必要とされている場合には、そのコンテンツプロバイダが氏名・住所の情報を保有しています。たとえば、ショッピングサイトの掲示板は、そのコンテンツプロバイダが決済のための氏名・住所の情報を保有しています。
また、コンテンツプロバイダは、相手の特定に必要な氏名・住所を保有していない場合でも、IPアドレスやタイムスタンプ等の情報を保有していることが多く、これらの情報からはアクセスプロバイダを特定することができます。
そして、アクセスプロバイダは、インターネットを利用した発信者の情報を保有しています。
したがって、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダに情報の開示を求めていくことで、相手の氏名・住所を特定することができます。
発信者情報開示の仮処分はプロバイダに情報の開示を請求するもの
発信者情報開示の仮処分は、コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダに対する、これらの発信者に関する情報を開示してもらうための民事保全法に基づく手続きです。 コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダともに個人情報となる発信者に関する情報を任意で出すことは考えにくく、通常は法的手続きの利用がされます。 法的手続きとなると民事裁判なのですが、民事裁判では時間がかかりすぎるため、民事裁判に先立って迅速に行われる民事保全手続としての仮処分を利用することが望ましいです。
発信者情報開示の仮処分が認められるために必要な要件
では、発信者情報開示の仮処分が認められるためにはどのような要件が必要なのでしょうか。
発信者情報開示の仮処分の根拠
仮処分について定める民事保全法23条2項は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。」と規定しています。
発信者情報開示の仮処分はこの条文に基づいて行われます。
発信者情報開示の仮処分の要件
発信者情報開示の仮処分をするための要件について、民事保全法13条1項は次のように定めます。
「保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。」
つまり、次の2つが必要となります。
- 被保全権利の存在
- 保全の必要性
そしてこれらについては、民事保全法13条2項で、申立人が疎明をしなければならないとしています。 そのため、申立時に「被保全利益の存在」と「保全の必要性」を申立人が疎明できなければ、発信者情報開示の仮処分ができません。 なお、「疎明」とは、一応は確からしいという推測を抱かせる程度の挙証をすることをいい、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるようにする「証明」よりもゆるやかなものです。
発信者情報開示の仮処分における被保全権利とは
発信者情報開示請求における被保全権利は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)5条の発信者情報の開示請求権です。
プロバイダ責任制限法5条の請求権にはたくさんの要件があるのですが、仮処分との関係で最も問題となるのが、プロバイダ責任制限法5条1項1号の「権利侵害の明白性」の要件です。
プロバイダ責任制限法による発信者情報の開示請求権は、安易になされることは発信者のプライバシーが制約されることになり、一度開示されると原状回復は困難です。
そのため、発信者情報の開示請求を認めるための要件として、「権利侵害の明白性」の要件が必要とされます。
また、総務省総合通信基盤局消費者行政第二課が発行している「プロバイダ責任制限法[第3版]」においては、“権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味する”とされています。
権利侵害の明白性を満たすかについては、一般社団法人テレコムサービス協会のプロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が発表しているプロバイダ責任制限法ガイドラインが参考に、権利侵害の明白性が問題になり得る名誉毀損・プライバシー侵害のケースを確認しましょう。
名誉毀損における権利侵害の明白性
名誉毀損における名誉とは「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な社会的評価」をいいます(最高裁判所判決平成9年5月27日)
名誉毀損はこれらの社会的評価を毀損する行為をいいます。
そのため、インターネットにおいて、「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値を下げる」ような投稿を行っている場合には、権利侵害の明白性があるといえます。
ただし、名誉毀損については、「当該行為が、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であると証明されたときには違法性がなく、仮に摘示された事実が真実でなくても行為者において真実と信ずるについて相当の理由があるときには故意・過失がなく、不法行為は成立しない」とされています(最高裁判決昭和41年6月23日)。
また、「特定の事実を基礎とする意見ないし論評による名誉毀損については、意見等の前提としている事実の重要な部分が真実である場合には同様に違法性が阻却されるとともに、これを真実と信ずるにつき相当の理由があるときは故意・過失は否定される」とされています(最高裁判所判決平成9年9月9日)。
名誉毀損行為とともに、これらの不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことも疎明する必要があります。
プライバシー権侵害における権利侵害の明白性
プライバシー権侵害については法律・最高裁判例で明確な定義がされておらず、一般的な定義を示すのは非常に難しいといえます。
しかし、「プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要」とする「宴のあと」事件(東京地方裁判所判決昭和39年9月28日)は実務上プライバシー侵害を判断する上で重要なメルクマールになります。
そのため、個人情報のうち、氏名・住所・電話番号・メールアドレスの連絡先や、病歴、前科前歴等など他人に知られたくないことを投稿することは明白な権利侵害であるといえるでしょう。
そして、プライバシー侵害との関係では、不法行為の成立を阻却する事由が存在することは一般的に考えづらいため、これらの不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことは、疎明では特に問題とはならないでしょう。
保全の必要性の要件
あわせて、仮処分には「保全の必要性」の要件が必要です。 コンテンツプロバイダに対するIPアドレス・タイムスタンプ等の開示請求については、保存期間が数ヶ月程度なので、訴訟をしていたのでは消去されてしまう一方、開示されるIPアドレスやタイムスタンプはそれだけで本人を特定できるものではないため、保全の必要性は認められやすいです。 他方、アクセスプロバイダに対する仮処分については、アクセスプロバイダは発信者の情報を保存しているのであり、IPアドレスやタイムスタンプなどのログが保存できていれば情報の消失の危険性は低いため、保全の必要性の要件を満たすことが難しくなります。 そのため、現実的にはコンテンツプロバイダに対する仮処分によってIPアドレス・タイムスタンプの開示をしてもらった上で、アクセスプロバイダには訴訟を起こすことになります。
発信者情報開示の仮処分の手続きの流れ
発信者情報開示の仮処分は次のような流れで進みます。
- 申立書・添付書類を作成し提出して申し立てを行う
- 裁判所が書類審査を行う
- 申立人(手続きでは債権者という)への面接
- 相手方(手続きでは債務者という)への審尋
- 担保が決定され、供託を行って証明書を提出
- 仮処分命令が発令される
管轄
管轄の裁判所については、本案となる情報開示請求をする場合の管轄裁判所が土地管轄を有しています(民事保全法12条)。
そのため、基本的には、被告となる会社の所在地が管轄となります(民事訴訟法4条1項)。
SNSについては、サービスを提供しているのが外国法人である場合があります。
この場合、日本法人を置いている場合には、代表者あるいは業務担当者の所在地、もしくは、本店の所在地が管轄になります。
その他、日本語でのサービスを展開している場合には、民事訴訟法3条の3号で「日本において事業を行う者」に該当するため、民事訴訟法10条の2もしくはプロバイダ責任制限法10条2項により、最高裁判所規則に基づき東京地方裁判所が管轄となります。
発信者情報開示訴訟
発信者情報開示を求める訴訟となった場合には次のような流れで訴訟を行います。
ここでは、コンテンツプロバイダから仮処分でIPアドレスやタイムスタンプ等の開示を受けた後に、アクセスプロバイダに対して、氏名、住所、メールアドレスなどの開示を求める訴訟を念頭に説明します。
訴訟を提起する
コンテンツプロバイダから開示されたIPアドレスやタイムスタンプ等をもとに、アクセスプロバイダに対して訴訟を提起します。
管轄については上述したとおり、被告の所在地を基本に、日本に拠点を持たない外国法人である場合には東京地方裁判所となります。
訴訟の提起は、訴状等を作成して提出して行います。
裁判への出頭
期日に裁判に出頭します。
発信者情報開示請求訴訟においては、通常は2~3回の期日で結審します。
判決
判決の言渡を受けます。
アクセスプロバイダが控訴をした場合には、控訴審で同じように争うことになります。
もっとも、アクセスプロバイダの多くは控訴をしないので、2週間が経過して判決が確定すると発信者情報の開示を受けられます。
発信者情報消去禁止の仮処分を併せて行う
上記のように発信者情報開示の訴訟を起こすのですが、訴訟提起から訴訟が終了するまでの間、3ヶ月以上はかかります。
その間にアクセスプロバイダが発信者情報を消去してしまうと、せっかく勝訴をしたにも関わらず開示を受けられないことになります。
そのため、発信者情報消去禁止の仮処分を併せて申立て、アクセスプロバイダが発信者情報を消去しないように求めておくことが必要です。
まとめ
このページでは、発信者情報開示について、発信者情報の開示を求める仮処分およびその後の訴訟について、中心にお伝えしました。
インターネット上で誹謗中傷・名誉毀損などの書き込みがあった場合には、時間の経過によって発信者情報が消失してしまう恐れがあるため、すぐに弁護士に相談するようにしましょう。